世紀の歌姫マリア・カラス自身の“言葉”で語るドキュメンタリー

 近代オペラ界のレジェンド、マリア・カラス。これまで公開されたことのない映像や写真、そしてカラス本人の手紙など、その貴重な記録の数々を多用し、真実のマリア・カラスに迫るドキュメンタリー『私は、マリア・カラス』。

トム・ヴォルフ監督

本質的なものをすべてこの映画に入れたつもりです

 トム・ヴォルフ監督は「映画が完成するまでの5年間、私の人生は困難ばかりでした(笑)」と苦笑する。

「当初、映画の構成として半分は彼女に近い人々のインタビュー、残りは過去のアーカイブ記録で構成しようと思っていたのですが、素材を集めるうちに未完の自叙伝があることを知り、100%彼女自身の言葉で作ったほうがもっとパワフルな作品になるだろうと思ったのです。そこで、またゼロから始めることになりました(笑)」

 膨大な資料のなかから、彼女の本質に迫る素材を見つけ、1つひとつ検証し使用交渉をし、構成していった。

「なんとか、僕が映画で使いたいと思った記録はすべて使うことができました。交渉は本当に大変でしたけどね(笑)。でもそれはたくさんある困難のうちの1つでした。素材を集めてから、6カ月ほどで編集作業を行わなくてはならず、連日スタジオに泊まり込みでした。40時間以上の映像、400通以上の手紙、数えられないほどの録音などを集めて、その本質的なものをすべてこの映画に入れたつもりです」

©2017 - Elephant Doc - Petit Dragon - Unbeldi Productions - France 3 Cinema

彼女を前にしたら、何も聞くことが無くて言葉を失ってしまうかも

 これまでマリア・カラスを題材とした作品は数多く作られてきたが、本作では、インタビューなどのアーカイブに加え、プライベートの記録や映像を通して、彼女が抱えていた“思い”に迫っていく。

「貴重な未公開記録も多く使っていますので、そこも見どころではありますが、いろいろな素材を陳列するだけの映画を作るつもりはありませんでした。ファンやコレクターなら興味深いと思ってもらえるでしょうが、あくまでそれは素材。彼女自身が語る言葉だけで作られた、かつてないマリア・カラスの本質に迫るドキュメンタリーになったと思います」

 本作では、インタビューや自叙伝、手紙といったマリア自身の言葉が軸となる。しかしマリアの言葉は、はたして真実のマリア・カラスを語っていただろうか?

「確かに、多くの自伝では必ずしも真実とは違う、自分のイメージやアイデアをつづっている人もいると思います。でも僕はマリアについては、そうではないと思っています。というのも僕は5年をかけてリサーチをする中で、あらゆる素材を集めてきました。その結果、言えることはマリアの言うことは常に一貫している、ということです。何年にもわたるインタビューを見ても、プライベートな手紙の中でも、彼女が語っていることは一貫しています。僕は彼女が遺した手紙も多く読みましたが、手紙というのは基本的にプライベートなもので、多くの人に見せようと思って書いているわけではありませんよね。そんな私的な手紙に書いてあることも、インタビューで語っていることと一致しているんです。それは、彼女の言葉が真実であることの証明になると僕は思います。本作の中でも、マリアが“自分の中で、正直さや誠実さはとても重要だ”と言っている場面があります。彼女は、その正直さゆえに高い代償を払わねばならないときもありました。でも彼女の人生を通して、正直さ、誠実さはどのインタビューでも貫かれていたのです。彼女の言葉は彼女にとっての真実というだけでなく、客観的な真実でもあると、僕は思っています」

 マリア・カラスの本質を追い続けてきたヴォルフ監督。もし実際に彼女に会うことができたら?

「もう聞くことは何も無いかな(笑)。僕の彼女についてのすべての疑問は、この旅路の中で答えをもらった気がしているので。だからもし彼女を前にしたら、何も聞くことが無くて言葉を失ってしまうでしょうね(笑)」

©2017 - Elephant Doc - Petit Dragon - Unbeldi Productions - France 3 Cinema
©2017 - Elephant Doc - Petit Dragon - Unbeldi Productions - France 3 Cinema
『私は、マリア・カラス』
監督:トム・ヴォルフ 出演:マリア・カラス、グレース・ケリー他/ギャガ配給/12月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開 https://gaga.ne.jp/maria-callas