赤ペン瀧川「表現の規制は時代に合わせて厳しくなるのは仕方がない。でも過去の作品に今の物差しをあてるのは間違っている」〈インタビュー後編〉

 昨今、「コンプライアンスの順守」という声が大きくなるにつれて「表現の自由」が侵されているケースが目立ちはしないか?ということで表現の現場で活躍する俳優で映画プレゼンターの赤ペン瀧川へのインタビューの後編。前編では表現に規制がかかることによって新たなる表現方法が生まれるという考えを示した瀧川。後編ではまた独特の視点と表現で「コンプライアンスの順守と表現の自由」について語ってくれた。

 

俳優で映画プレゼンターとしても活躍する赤ペン瀧川(撮影・蔦野裕)

「コンプライアンスの順守と表現の自由の間」について聞く

 コンプライアンスの話とは少しずれますが、2020年春に新型コロナウイルスが流行した際には演劇においても「マスクをつけてならいい」という話がありました。当時の演劇の現場は「そんなことはありえない」という論調でしたが、この生活が3年も続くと、それが新たなる日常になっているし、まさに2020~2023年初頭を描くとなればマスクをつけて舞台に俳優がいることも少しも不思議ではないですね。なので、これからの作品は今のコンプライアンスにのっとるべきですが、過去の作品に対して今の物差しをあてることについては?
「ナンセンスだと思いますね。テロップとかに関していえば、○○の描写があります、とかフラッシュのシーンがありますというのは事故が起きないためのやさしさだと思うんですが、たたかれないための保身として出すテロップはいらないよなという気もします。それは見れば分かるし、それを知るためのものでしょ、って。ユダヤ人の教えを全部燃やしちゃったヒトラーみたいに、今の価値観で昔のものを焼き尽くそうという発想はとても危ないと思います。大小にかかわらず、今、その火種があるなら危ないぞ、と思っていたほうがいいのかなと思いますね」

 コンプライアンス絶対順守の意見の中には「子供が見たら…」という論調がありますが、これについては?
「これは本当に難しいなと思うんですが、僕らが小学生の頃は志村けんさんの『バカ殿』とかでめちゃくちゃいっぱいおっぱいを見ていたじゃないですか。半裸の女性を並べて志村さんが横たわる、みたいなシーンって全然あったじゃないですか。それを見てお茶の間が気まずくなるという甘酸っぱい思い出もあるんですが、確かに今、そんなシーンがテレビで流れたら気まずいな、とは思うけれども…。子供に対する影響を大人が考え始めるとろくなことにならないんじゃないかな、って思うんですよね。なので、規制まではいかないにしても親の“子供に対するある程度の気遣い”は必要だと思うんですが、例えば『鬼滅の刃』は過激なシーンがあるから見せたくないというのは親としては気持ちは分かるが、子供は見たいわけで、見て判断すればいいんじゃない、って思います。そこまで規制するところまでいっちゃうと“ちいかわだらけになっちゃうぜ”って思いますし。

 でも、そんな規制や気遣いをしたところで“子供の探求心をなめんなよ”って話だと思うんですよ。親や先生がダメと言っても河原にエロ本を拾いに行くし、こっそり怖い映画を見たり、こっそりエロいものを見たりするに決まっているので、それはしようがないなと思いますね」

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