為末大「僕らは五輪・パラリンピックから “何を受け取り、どう変わるのか”」

「五輪・パラリンピックは何のために開催するのか」。この1年、誰もが一度は抱いた問いかもしれない。熱狂に包まれるはずのスタジアムは静まり返り、開催に批判的な声もいまだ少なくない。ただ一方で、こうした逆境の中、自らの限界を越えていくアスリートたちの姿がある。大舞台へ臨む彼らへ敬意を込めて、世界陸上メダリストで400mハードル日本記録保持者の為末大が、日本人スプリンターの現在、そして、五輪・パラリンピック開催の意義を語る。

為末大(Deportare Partners代表/400mハードル日本記録保持者)撮影・蔦野裕

「9秒台時代」へ突入

 かつてない熾烈な代表争いを極めた、陸上短距離界。9秒台続出の新時代に入った。

「いろいろな要因があると思います。まず一つは、技術面です。一番顕著なのは、“足の動かし方”ですね。僕が競技を始めた頃は、速く走るために、膝から下を動かして走る練習をしていました。地面を能動的にキックすることで、進みやすくなるとされてきたんですね。でも、速く走る上で、それはあまり意味がないというのが、1991年の世界陸上東京大会での、カール・ルイスの走りを分析した結果などで分かってきました。世界のトップスプリンターは、膝や足首を使っていなかったんです。僕らはそのときまで付いた癖を取り除くことから始まりますが、今の選手たちは、膝下ではなく、股関節を動かす練習をしています。つまり、比較的正解が見えた中で、正解を一から始められた世代ということですね。

 もう一つは、“気合や根性”のような力みがなくなって、練習が合理的になったことだと思います。これまでは多くの人の中で“辛いほど速くなれる”という思い込みがありましたが、別のアプローチの選手が伸びていたりすると、“案外そうじゃないかもしれないね”というように、変わってきたりする。多様性があるというか、いろいろな指導方法や選手が出てきて、陸上界全体で学習が進んだというのは大きいですね。山縣(亮太)選手やサニブラウン(アブデル・ハキーム)選手の練習を見ていると、さらっと終わるんです。飲み会でいえば“二次会に行かない”みたいな。しっかり2時間で終了する練習だったんです。これまでなら“当然もう一軒行くでしょ”という感じで、何時間も練習し続けていましたが、シンプルに、合理的にというのは、実は大切なのかもしれないですね。

 あとは“タイム”です。 “我々は9秒台を走れない”という人間の思い込みがどこかにあって、これは“アンカリング”と呼ばれますが、先に与えられた数字や情報が、その後の判断や行動に影響を及ぼすという点はあったと思います。日本人選手があるタイムで記録が渋滞していたのも、そうした現象だと思います。もちろん、選手はいつも限界を突破しようと挑んでいるわけですが、振り返れば、自分もそうした思い込みに縛られていたのかなと思います。そうした意味で、2008年の北京五輪で日本人がリレーで銀メダルを獲ったこと、2017年に桐生(祥秀)選手が9秒台を走ったことは、とても大きい出来事ですね」

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