奈良市の「新・南都八景」で、“あのとき気付かなかった歴史の面白さ”と再会する

令和の空と飛鳥の瓦が融合する元興寺

 興福寺から少し南に下ると、歴史的町並み「ならまち」が姿を現す。その一角に、元興寺という世界遺産の寺院がある。世界遺産としては、あまり知名度はないかもしれないが、仏教文化の「はじまり」を体感したいなら、ここを訪れないわけにはいかない。副住職である辻村泰道さんが説明する。

「現在の明日香村にあった日本最初の本格的伽藍である法興寺(飛鳥寺)という寺院があります。この法興寺が平城遷都にともない、蘇我氏寺から官大寺に性格を変え、新築移転されたのが元興寺です。ここは、佛法元興の場、聖教最初の地なのです」

 法(仏教)が興った寺だから法興寺。そのルーツを意味する「元」の字。飛鳥時代と奈良時代をコネクトする歴史スポット、それが元興寺だ。

 ここでも空を見上げてほしい。僧坊である「極楽坊」の本堂と禅室は鎌倉時代に改築されたが、部材の一部に古材(飛鳥時代からの瓦)を転用したため、「日本最古の屋根瓦」と呼ばれる。令和の空と飛鳥の瓦が融合する、時空を飛び越えた景観。「新・南都八景」をめぐると、嘘のようなまことの光景が目に飛び込んでくる。


茶色や白色などの瓦が混ざっている箇所が、飛鳥時代の瓦だ

 

 都が京都へ遷ると、奈良の文化はそのまま残った。忘れ去られた――とも言えるかもしれない。だが、平安時代以降、世の中は争いが絶えず、帝都である京都の寺社仏閣は幾度となく立て替えられた。創建時にあった古材や雰囲気は刷新されてしまった。

 取り残された奈良は、戦火に巻き込まれることが少なかった。手つかずだった奈良の遺産は、現代に続き、いま私たちの記憶の中でよみがえる。華々しく。

 私たちは、奈良を知っているようで知らない。奈良は、仏教渡来から大和を中心に花開いた仏教文化である「飛鳥文化(期)」にはじまり、東大寺の大仏、唐招提寺の建築など一層ダイナミックに展開される「白鳳文化(期)」、そして、奈良の都である平城京を中心に生まれる貴族の仏教文化「天平文化(期)」――3つのフェーズを経て、平安時代へとバトンが受け継がれる。奈良を知ると、もっと歴史が面白くなるのだ。


東大寺大仏殿。これほどまでに大きかったかと目を疑う

 奈良県でもっとも高い建物である興福寺の五重塔は、明治時代以来120年ぶりとなる大規模な保存修理工事を控えている。足場が組まれ、ゴールデンウイーク頃には、その姿は見えなくなるという。最短でも8年はかかるそうだ。

 奈良には、歴史のダイナミズムが生きている。大人になった今こそ、再会してほしい。

(取材と文・我妻弘崇)

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