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【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第44回「東大よりもハーバード」の流れに対抗するには

2017.05.08 Vol.690

 東大進学実績ナンバーワンの開成高校で、今春の大学合格実績がこのほど公表され、ハーバードなど海外の名門大学の合格数を20人輩出したことが話題になっています。ネット上では「日本の大学の凋落」「教育現場での急速なグローバル化」と受け止めた方が多いようです。

 しかし、私から見ると、ようやく世間の皆さんが気づき始めたことに複雑な思いです。私の教え子でも近年、灘高校を卒業して、国内ではなく、ハーバードに進学した人がいました。「頭脳流出」はすでに始まっているのです。今回の世間の反応には「むしろ遅いくらいだ」と半分は冷めたような気持ちもある反面、もう半分は「これで教育改革に本気で向き合う機運が少しは高まってくれれば」という期待が入り混じっています。

 石油が取れない日本は「人こそ資源」であるはずなのに、教育に関するGDP比の公的支出は先進各国でも最低クラスが続き、超高齢化による社会保障負担の大きな縛りがある財政事情にあって、今後も国家として教育への投資は望めません。それでいて、工業化社会時代の知識偏重型モデルから抜け出せていないわけですから、将来は世界で勝負しようというトップ集団の高校生が危機感を覚えて、野球やサッカーの一流選手と同じように早い時期から「海外志向」になるのは当然の流れです。

 だからこそ、大胆な投資が望めないのであれば、グローバル化やAI(人工知能)の発達といった社会構造の変化を見据えた教育制度に変えるくらいはしておかないとなりません。そして、子どもたちだけでなく、親御さん、学校現場の教師たちが、新しいことにチャレンジするインセンティブを働かせるには、どうすればいいか。長年試行錯誤した末に、「大学入試を変えれば、高校以下の学校現場も、塾産業も、当然親たちも変わる」と確信して、現在まで取り組んでいるのが、まさに一連の大学入試改革というわけです。

 5月21日13時30分から、東大の五月祭で行われるNPO法人、日本教育再興連盟の「五月祭教育フォーラム」では、大学入試改革をテーマに、大学生たちと、私や陰山英男さんなどの専門家がとことん議論します。フォーラムでは、大学入試改革はそもそも何を変えるのか、あらためて問い直します。事前受付は、例年以上の反響らしく、このコラムが掲載される頃には「満員札止め」になっているかもしれませんが、今後もこうした機会が増えていってほしいと思います。(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第43回 新入生は「常識を疑え」

2017.04.10 Vol.688

 東京の桜が全国でもっとも早く開花したのは、2008年以来のことだそうです。本稿執筆時点で満開になりましたが、今年の新年度は冬場を思い起こさせる寒さの中で迎えました。私が教員として所属する大学のうち、慶應義塾大学のほうは4月3日に入学式を終えておりますが、東京大学は15日に挙行します。本稿掲載号が配られる数日後になりますが、その頃には春らしい陽気に包まれているといいですね。

 新入生に最初に一言、アドバイスすることがあるとすれば、「疑う」ことを身につけてほしいことです。おそらく、新入生のほとんどの皆さんは、受験勉強に没頭するうちに、教科書や先生に教わった通りに知識を習得することに慣れきっていたと思います。もちろん、正確に公式や定理、歴史的事実をきちんと押さえることは学問の基礎なので重要ですが、受験勉強であればマークシートのように一つだった「正解」も、大学での学問は、いろいろな考え方があります。

 皆さんは、社会に出れば、正解のない難問を次々に解いていかねばなりません。いまの30代や40代の人たち以上に、皆さんは、どんな分野に進んでも、社会の急速な変容に直面し、それまでの常識が覆されることの連続になるでしょう。だからこそ、「常識を疑う」トレーニングを、この4年間、みっちり積んでいっていただきたいのです。

 毎年学生たちには「書を読み、友と語らう」ことを心がけてほしいと言っています。特に後者のコミュニケーションの価値は、大学に通う意味においてますます高まっています。いまや、知識の習得だけであれば、MOOCs(大規模オンライン授業)のようにネットだけでもできてしまう時代です。

 それでも、なぜ大学に通うのかといえば、リアルに仲間と語らうことが重要な意義の一つだからではないでしょうか。教科書に書いてあることが正しいのか、それとも違う考え方があるのか、恩師や学生たちと議論することによって、視野が広がり、思考が深まります。どんどん、その積み重ねをしていただきたいと思います。

 政治の世界から大学の教壇に本格復帰して、今年で4年目になりますが、90年代後半に教えていた頃に比べ、LINE等のSNSが普及した割に、リアルなコミュニケーションが苦手な学生が増えたことを実感します。最近の学生は、電話をかけることすら億劫なのですが、学内外でさまざまな人脈を増やし、対話の経験値を積んでほしいものです。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

平尾誠二さんの遺志実現へ 思い新たに【鈴木寛の「2020年への篤行録」第42回】

2017.03.13 Vol.686

 日本ラグビー界のスーパースターだった平尾誠二さんが亡くなられてから、早いもので5ヶ月が経ちます。2月10日に神戸で、平尾さんに「感謝する集い」が開かれ、私も伺いました。

 献花の前ごろから、目頭が熱くなり、涙がとまりませんでした。何人もの方々が平尾さんを偲ぶお言葉のなかで「英雄」という言葉が出てきましたが、平尾さんは、私の一学年上でしたので、まさに、私たちの世代の英雄でした。弔辞で、岡田武史さんが、「平尾さんの『スポーツを通じて社会を変えたい』という思いに触発され、その後の人生が変わった。そして、今につながり、FC今治のオーナーをやっている」とおっしゃっていましたが、私も、平尾さんのその思いに心揺さぶられた一人です。

 まだ政治家になる前、慶應義塾SFC助教授だった1999年頃。当時の神戸は阪神大震災が起きてから数年という時期で、ハード、インフラの復興はなんとか軌道に乗った段階でしたが、平尾さんと私は、スポーツの力で地域コミュニティに活力を吹き込み、復興を後押ししたいという思いを共に抱いていました。そして、日本初の本格的な総合型地域スポーツクラブSCIX(スポーツ・コミュニティ&インテリジェンス機構)を創設し、無名の私をパートナーとして信頼してくださり、副理事長に選んでくださいました。SCIXをモデルに今では、1000を超える、総合型地域スポーツクラブが全国に誕生し、学校スポーツではなく、市民が支えるスポーツクラブの文化が根付きました。

 その日の会場で、展示されていた平尾さんの遺品のなかに、大切にされていた四枚の名刺の一つにSCIX理事長の名刺を拝見して、また、SCIXのTシャツを着て一緒にラグビーをした写真やご一緒に作ったSCIXの憲章をみて、こんなにもSCIXのことを大切に考えておられたのかと思うと、涙が止まりませんでした。

 私が政界に転身してからも本当に助けていただきました。最初の選挙でなかなか決まらなかった後援会長をご紹介いただいたばかりか、私が文部科学副大臣在任中のオリンピック・パラリンピック招致では、孤立無援のなか国立競技場の霞ヶ丘での建て替えを決断できたのも、平尾さんから授かった、さまざまな人脈や知見があったからです。改めて、平尾さんとのご縁のおかげで、私のライフワークのいくつかが始まり、強化されたことを再認識しました。

 今、我々にできるのは、平尾さんの思いをしっかりと引き継ぎ、実現させること。平尾さんにぜひとも見届けていただきたかった2019年ラグビーワールドカップ日本開催を成功させ、後世にそのソフトレガシーを残すことです。そして、スポーツを通じた社会改革を実現すること、そのための次世代人材を育成することだと思っています。平尾さん、本当にありがとうございました。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】 第42回 平尾誠二さんの遺志実現へ 思い新たに

2017.03.13 Vol.686

 日本ラグビー界のスーパースターだった平尾誠二さんが亡くなられてから、早いもので5ヶ月が経ちます。2月10日に神戸で、平尾さんに「感謝する集い」が開かれ、私も伺いました。

 献花の前ごろから、目頭が熱くなり、涙がとまりませんでした。何人もの方々が平尾さんを偲ぶお言葉のなかで「英雄」という言葉が出てきましたが、平尾さんは、私の一学年上でしたので、まさに、私たちの世代の英雄でした。弔辞で、岡田武史さんが、「平尾さんの『スポーツを通じて社会を変えたい』という思いに触発され、その後の人生が変わった。そして、今につながり、FC今治のオーナーをやっている」とおっしゃっていましたが、私も、平尾さんのその思いに心揺さぶられた一人です。

 まだ政治家になる前、慶應義塾SFC助教授だった1999年頃。当時の神戸は阪神大震災が起きてから数年という時期で、ハード、インフラの復興はなんとか軌道に乗った段階でしたが、平尾さんと私は、スポーツの力で地域コミュニティに活力を吹き込み、復興を後押ししたいという思いを共に抱いていました。そして、日本初の本格的な総合型地域スポーツクラブSCIX(スポーツ・コミュニティ&インテリジェンス機構)を創設し、無名の私をパートナーとして信頼してくださり、副理事長に選んでくださいました。SCIXをモデルに今では、1000を超える、総合型地域スポーツクラブが全国に誕生し、学校スポーツではなく、市民が支えるスポーツクラブの文化が根付きました。

 その日の会場で、展示されていた平尾さんの遺品のなかに、大切にされていた四枚の名刺の一つにSCIX理事長の名刺を拝見して、また、SCIXのTシャツを着て一緒にラグビーをした写真やご一緒に作ったSCIXの憲章をみて、こんなにもSCIXのことを大切に考えておられたのかと思うと、涙が止まりませんでした。

 私が政界に転身してからも本当に助けていただきました。最初の選挙でなかなか決まらなかった後援会長をご紹介いただいたばかりか、私が文部科学副大臣在任中のオリンピック・パラリンピック招致では、孤立無援のなか国立競技場の霞ヶ丘での建て替えを決断できたのも、平尾さんから授かった、さまざまな人脈や知見があったからです。改めて、平尾さんとのご縁のおかげで、私のライフワークのいくつかが始まり、強化されたことを再認識しました。

 今、我々にできるのは、平尾さんの思いをしっかりと引き継ぎ、実現させること。平尾さんにぜひとも見届けていただきたかった2019年ラグビーワールドカップ日本開催を成功させ、後世にそのソフトレガシーを残すことです。そして、スポーツを通じた社会改革を実現すること、そのための次世代人材を育成することだと思っています。平尾さん、本当にありがとうございました。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第40回 あなたの周りにも「トランプ」は現れる

2017.01.09 Vol.682

 あけましておめでとうございます。2017年は、昨年以上に激動の年になる予感がしています。言わずもがな、その“震源地”はアメリカです。本稿が掲載される頃には、ドナルド・トランプ氏が大統領の就任式をもうすぐ迎えます。

 トランプ氏といえば過激な発言に注目が集まりました。選挙中にメキシコからの移民規制策として「国境に壁を作る」と言い放ちましたが、昨年は、アメリカだけでなく、世界各地で、過激な言動をする政治家や政治勢力が台頭しました。

 中国との領土紛争を抱えるフィリピンのドゥテルテ大統領は、「アメリカと決別する」と述べて、同盟国のアメリカを慌てさせました。ドゥテルテ氏は「フィリピンのトランプ」の異名を取りましたが、今年行われるお隣の国の大統領選でも「韓国のトランプ」と言われる李在明・城南市長が急速に支持を伸ばしています。李氏もNHK記者の取材に「日本は軍事的には敵性国家」と述べたそうで、仮に李氏が大統領に当選した場合は、また日韓関係が悪化するのではないかという懸念が浮上しています。

 昨年は、トランプ氏ら外国の政治家たちだけでなく、日本の社会や言論空間も過激な言葉で覆い尽くされました。春先には「保育園落ちた日本死ね」というブログが注目され、物議を醸しましたが、国会で取り上げられたこともあり、流行語大賞に選ばれました。また、ニュースキャスターがブログで「人工透析患者を殺せ!」などと過激なことを書いて大炎上し、すべてのレギュラー番組を降板する騒ぎもありました。

 私は、「トランプ現象」という言葉が、米大統領の話にとどまらないと感じます。メディアを通じ、過激な言動を繰り広げることで世の中の注目を集めようとする手法が定着しつつあるように見えるからです。トランプ氏はツイッターを駆使しますが、SNSやブログが普及し、ネット上の反応が数字で可視化されることで、そうした傾向に拍車がかかっています。

 ここで注意したいのは、 “本家”のトランプ氏も選挙戦の局面に応じて、巧みに発言を軌道修正して支持を広げていったことです。やはり経営者らしくマーケティングによる選挙と情報戦を徹底しました。

 しかし、当然その反動もあります。テレビの影響を受けた子どもが、極論を言う大人の真似をしてしまう可能性がないと言い切れるでしょうか。いや、大人とて同様です。過激な言動の裏に緻密な計算があるのに、有権者や視聴者などの受け手は表面しか見えていないことが大半だからです。

 昨年からの風潮が強まって、熟議やディベートどころか対話することの大切さすら見失う社会になっていくのでしょうか。言論空間が殺伐としたものにならないか、今年はしっかりと注視しなければならないと思います。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第38回 教育も「外交力」が必須の時代

2016.11.14 Vol.678

 前回のコラムで、日米の大学・研究機関がトランスパシフィック(太平洋横断)での医療イノベーションに関する取り組みについて取り上げましたが、ヒトとチエのグローバル化はどんどん進んでいます。

 私も8月初旬、広島県の高校生80名と一緒に、ハワイEast West Centerで行われた「広島創生イノベーションスクール」のプログラムに参加しました。そこでは、広島、ハワイ、ニューヨーク、フィリピン、インドネシア等の高校生たちが一緒にワークショップやプログラムに取り組むことで持続可能な社会の在り方について学びます。オバマ大統領の妹であり平和をテーマにした国際比較教育学者のマヤ・ストロさんにもワークショップを行っていただきました。
 また、9月には戦後ロックフェラー家がニューヨークに立ち上げたアジアソサエティ財団が60周年を記念して、グローバル教育センターという新組織を立ち上げ、開設記念のシンポジウムがありました。アンヘル・グリアOECD事務総長やユネスコのイリナ・ボコバ事務総長、ニュージーランドのトレバー・マラード教育大臣などが集まり、私は、同センターのアドバイザーに就任し、このシンポジウムにも参加しました。

 10月にも、スポーツ文化ワールドフォーラムが京都と東京で開催されました。これは下村博文元文部科学大臣のイニシアティブで開催が決定され、文部科学省が中心となってダボス会議事務局と協力して準備しました。IOCのバッハ会長、世界経済フォーラムのシュワブ会長も来日され、文部科学省参与の藤澤久美さんはじめ民からのメンバーと地方自治体からと官からのメンバーによる混成チームが文部科学省に作られ、彼らの大活躍のおかげで、大盛会に終了しました。

 実は世界的には学力のひとつの指標として、「グローバル・コンピテンシー」、つまり国際的に一緒に問題を解決する能力が明示化されようとしています。15歳の学力を世界的に比較したOECD(経済協力開発機構)のPISA調査のことは、日本の順位が出る度に報道があるので、みなさんもご存知と思いますが、2018年に向け、あのPISAに「グローバル・コンピテンシー」が追加される方向なのです。

 いま20代の方が40代になる頃、日本人ばかりの職場は減ってくるのは間違いありません。課長や部長になったら、部下の何割かは外国人になっていたという人も増えると思います。新たな創造力も生まれる一方で、カルチャーギャップやコンフリクトもあるはず。外国人と一緒に仕事をするための力をどう身につけるか、教育現場でも重要なテーマになっているのです。

 さて11月も私はアジアに出かけます。北京で行われるOECD教育2030、ドバイで行われるダボス会議関連のシンポジウムに、それぞれ参加します。教育でも「外交力」が必須の時代、私自身も磨いていかねばなりません。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第36回 オリンピック・パラリンピックの“融合”

2016.09.12 Vol.674

リオデジャネイロ・オリンピックが閉幕しました。日本選手団が獲得したメダルは41個。「史上最多」だった前回ロンドンの38個を上回って記録を更新する活躍ぶりに、連日連夜、皆さんも胸を躍らせたことでしょう。

 特に、陸上男子の400メートルリレーで初の銀メダルを獲得し、体操男子団体で3大会ぶりに金メダルに輝いたことは、チームプレーをお家芸とする日本らしさを象徴するようでした。閉会式でのリオから東京へのハンドオーバーセレモニーの演出も見事で世界中へのアピールも成功したと言えます。

 さて、いよいよ4年後は私たち東京の出番です。
 国立競技場の計画見直しやエンブレムの問題などを乗り越え、大会準備を強力に推し進めていくのは当然の責務ですが、オリンピックのホスト国として、自国民、世界中の人々にも、大会中の感動や喜び、スポーツと平和の素晴らしさを伝えるのが使命となります。ただ、目先のことにとらわれるだけではもったいない。大会が終わってからもワールドワイドにどのようなレガシーを残すことができるかも考えながら、残る準備を練りに練っていかねばなりません。
 ちょうど、このコラムが掲載される頃、リオではパラリンピックが開幕します。

 国会議員時代から提唱してまいりましたが、将来的には、オリンピックとパラリンピックとの区分を見直し、両者の開催順番を変更してパラリンピックの注目度をさらに高める。あるいは、両者の「融合」も段階的に図っていくような大胆な改革があっていいと考えます。

 歴史的には、障害者福祉から出発したパラリンピックですが、競技性に年々磨きがかかっています。競技・種目によってはオリンピックに匹敵する記録をマークするようにもなっています。昨年10月、IPC陸上世界選手権の男子走幅跳びでマルクス・レーム選手(ドイツ)は、8m40cmをマークして優勝。これはロンドンの金メダリストの記録(8m31cm)を上回り、世界に衝撃を与えました。レーム選手は、右足の義足が跳躍力を与えているという見方もあるのでしょうが、為末大さんもあるシンポジウムで「もしパラリンピックの選手がオリンピックの選手に勝ったら、何か世の中の当たり前に思っている意識が変わって、人間はもうひとつ先のステージに行くのではないか」と指摘されています。

 パラリンピアンもトップアスリートであることを認めて、健常者と障害者との区分を取り払うことの意義や、日本が世界に一石を投じるべく何ができるのか、もっと社会的に議論しても良いのではないでしょうか。(東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第35回 ネットが存在感を見せた都知事選

2016.08.08 Vol.672

 都知事選は、小池百合子さんが291万票を集める圧勝を収め、初の女性都知事に就任しました。今回の都知事選もテレビが盛り上がる「劇場型」の様相となりましたが、これまでと違うのはインターネットで広がった論調が、投票行動に一定の影響を与えた可能性が強く感じられる点です。

 3年前の参院選でインターネットを使った選挙活動が解禁された当初は、匿名の書き込みによる誹謗中傷が目立ち、ネット選挙の負の側面がクローズアップされました。ただ、リアルの投票行動に顕著に影響したかどうか微妙な面もありました。

 ところが、今回の選挙戦、地方の首長を経験した有力候補者の出馬が伝えられると、陣営がセールスポイントに掲げた実務能力が本当なのか、有名ブロガーが大手ポータルサイトのニュースブログで検証記事を書いたり、著名な元政治家がネットメディアのインタビューに対し、都政の裏事情について“爆弾”発言をしたりして、その内容がものすごい勢いでネット上に拡散しました。

 この3年間の変化で特に大きかった点として、まず有力ネットメディアの台頭が挙げられます。アメリカでは2000年代にハフィントンポストが米大統領選に影響を与えたと言われますが、日本でも近年、そのハフィントンポストが朝日新聞との合弁で日本に進出したほか、前述の大手ポータルサイトで有識者や有名ブロガーの個人ニュースブログが発足。ほかにも新しいプレイヤーが登場し、新聞・出版から若手の優秀な人材が移籍する動きも出ています。

 そしてスマートフォンの普及も大きな変化です。良質なコンテンツを作る媒体が育つと、今度はそれを拡散する環境が整いました。スマートフォンのニュース・キュレーションアプリサービスの利用者が激増し、新聞、テレビ、出版等の伝統メディアが配信する報道記事と一緒に、エッジの効いた有力なネットメディアの記事も多くの人が見るようになります。新聞、テレビは選挙戦中、政治的公平性を過剰に慮る余り、特定候補者のネガティブ報道は抑制的になります。そんな既存メディアに物足りなくなった若い世代が、ネットメディアの記事を読み、投票判断の材料にするようになったのでしょう。

 興味深いのは、新聞、テレビからの選挙報道を主に接していた親世代までもが、若い世代からネットメディアが抉り出した情報に口コミで伝わる動きが見られたことです。新しい情報の流れ方が生まれつつあるように感じます。ただし、若い世代は、接触した情報を精査する能力も高めねばなりません。欧米よりもメディアリテラシー教育で立ち後れる日本で重い宿題を残しました。 (東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第34回 18歳のための都知事選「テレビ選挙」講座

2016.07.11 Vol.670

 本稿の締め切りは、参議院選挙の投開票日(7月10日)の前になりますが、テレビや新聞の報道は、参院選よりも東京都知事選(7月31日)の方が盛り上がりそうな雰囲気です。

 都知事選は、この四半世紀、「テレビ選挙」と言われています。80年代までは、ほかの地方の知事選と比べて、メディアの取り上げ方に大きな差がなかったのですが、90年代から、テレビを意識した候補者のパフォーマンス合戦が激しくなり、タレント出身で無所属の候補者が政見放送とポスターを貼るだけの選挙活動で政党推薦の候補者を破って当選したこともありました。この間、特定の支持政党を持たない人たちの増加に対し、各政党とも、首都特有の選挙の難しさに頭を悩ませています。

 テレビ、特に民放各局の選挙報道が過熱すると、どのようなことが起きるでしょうか。ニュース以外の情報番組でも、主婦やお年寄り向けに、噛み砕いて取り上げるのはよいことですが、番組の作り手が「分かりやすさ」を追求する余り、どうしても誰と誰が出るかばかりに焦点を当てた報道が中心になります。

 今回の選挙戦は、任期途中で辞任した舛添前知事がやり残した政策的な課題は一体何だったのか、そこをしっかり検証するのが筋ですが、あれだけ連日、辞任に至るまで報道していた割に、辞めた後のことは置き去りにされがちです。

 選挙が「劇場化」してしまうと、候補者の方も本気で勝ちに来ている陣営もあれば、都政とは関係のない、自らの主義主張をしたいだけの陣営、新しい方法論を試すことに注力する陣営など、次の都政に向けた本来の政策論争からやや逸脱した選挙模様になりかねません。今度の都知事は、オリンピック・パラリンピックの開催準備という歴史的使命はもちろんのこと、かつてない超高齢化対策、一向に解消されない待機児童問題など、難題が山積みです。

 前回のコラムでは、参院選を迎える18、19歳の有権者のみなさんに向け、「各政党・候補者がどのような公約を掲げているのか、他党の公約や専門家の指摘と擦り合わせて一つ一つ吟味をする」と書きました。テレビの選挙報道は、あくまで一つの判断材料として、自分の頭で考え、友や師と議論すべきなのは、都知事選も同じです。

 参院選で初めて投票した都内の18、19歳の有権者の皆さんにとっては、良い意味でも悪い意味でも、テレビが選挙をどのように取り上げ、どれだけの影響を投票行動に与えるのか、そして視聴者である皆さんが、そうした選挙報道にどう向き合うか、格好の実践の場が来たと言っていいでしょう。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第33回「18歳選挙権」にわかブームにするな

2016.06.13 Vol.668

 衆参同日のダブル選挙は、熊本地震の影響もあって見送りになったものの、6月1日の国会閉会後、各政党は参院選に向け「選挙モード」に入っています。朝日新聞の世論調査では、参院選の投票先を選ぶ際にもっとも重視する政策を尋ねたのに対し、「医療・年金などの社会保障」が最多の53%。続いて「景気・雇用対策」(45%)、「子育て支援」(33%)と生活に密着した内容が相変わらず多く挙げられました。

 今回の参院選、なんといっても注目は「18歳選挙権」初適用です。諸外国では選挙権年齢が10代に引き下げられており、日本もやっとこの潮流に乗ることになりました。何よりも我が国は「シルバー民主主義」と言われるように、少子高齢化で多数派のシニア世代の意見が通りやすいのが実状です。若い世代の政治参画のすそ野を広げていくためにも、この「18歳選挙権」導入が実現することを心から歓迎したいと思います。

 一方で、参院選に向けた「18歳選挙権」を巡る報道を見ていると、各党の若者向けアピール合戦といった目先の現象にとらわれ、本質的な意義が正確かつ深く理解されないのではないかという危惧を抱いています。3年前の参院選をご記憶でしょうか。インターネットを使った選挙活動、いわゆる「ネット選挙」が解禁されたのがこの選挙戦でしたが、マスコミが大々的に報じた割に若い世代の投票率が劇的に改善することもなく、期待されたネット上の政策論議もあまり見られず、むしろ中傷やデマ、ネガティブキャンペーンが横行する等、「から騒ぎ」に終わった感があります。今では政治や選挙のネット利用の意義が忘れ去られています。

「18歳選挙権」は「ネット選挙」の轍を踏んではなりません。すなわち、にわかブームにしてはならないのです。

 政治や社会を変えるのは、とても時間がかかります。かのマックス・ウェーバーが「政治という仕事は、情熱と判断力の両方を使いながら堅い板に力をこめて、ゆっくり穴を開けていくような仕事です」と述べたように、本来の政治は、地味で地道なことの積み重ね。さらに「子育て支援を充実するなら他の財源を削る」といった様々な矛盾や葛藤、トレードオフがあるのです。

 そうした現実を直視し、仲間たちと熟議する。待機児童問題に悩む子育て世代などの当事者たちに話を聞くと理解が深まります。もちろん、皆さんが当事者世代である奨学金問題や社会保障の世代間格差について、各政党・候補者がどのような公約を掲げているのか、他党の公約や専門家の指摘と擦り合わせて一つ一つ吟味をする―。初めての一票を投じるまで、その重みをぜひ感じてください。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第33回「18歳選挙権」にわかブームにするな

2016.06.13 Vol.668

 衆参同日のダブル選挙は、熊本地震の影響もあって見送りになったものの、6月1日の国会閉会後、各政党は参院選に向け「選挙モード」に入っています。朝日新聞の世論調査では、参院選の投票先を選ぶ際にもっとも重視する政策を尋ねたのに対し、「医療・年金などの社会保障」が最多の53%。続いて「景気・雇用対策」(45%)、「子育て支援」(33%)と生活に密着した内容が相変わらず多く挙げられました。

 今回の参院選、なんといっても注目は「18歳選挙権」初適用です。諸外国では選挙権年齢が10代に引き下げられており、日本もやっとこの潮流に乗ることになりました。何よりも我が国は「シルバー民主主義」と言われるように、少子高齢化で多数派のシニア世代の意見が通りやすいのが実状です。若い世代の政治参画のすそ野を広げていくためにも、この「18歳選挙権」導入が実現することを心から歓迎したいと思います。

 一方で、参院選に向けた「18歳選挙権」を巡る報道を見ていると、各党の若者向けアピール合戦といった目先の現象にとらわれ、本質的な意義が正確かつ深く理解されないのではないかという危惧を抱いています。3年前の参院選をご記憶でしょうか。インターネットを使った選挙活動、いわゆる「ネット選挙」が解禁されたのがこの選挙戦でしたが、マスコミが大々的に報じた割に若い世代の投票率が劇的に改善することもなく、期待されたネット上の政策論議もあまり見られず、むしろ中傷やデマ、ネガティブキャンペーンが横行する等、「から騒ぎ」に終わった感があります。今では政治や選挙のネット利用の意義が忘れ去られています。

「18歳選挙権」は「ネット選挙」の轍を踏んではなりません。すなわち、にわかブームにしてはならないのです。

 政治や社会を変えるのは、とても時間がかかります。かのマックス・ウェーバーが「政治という仕事は、情熱と判断力の両方を使いながら堅い板に力をこめて、ゆっくり穴を開けていくような仕事です」と述べたように、本来の政治は、地味で地道なことの積み重ね。さらに「子育て支援を充実するなら他の財源を削る」といった様々な矛盾や葛藤、トレードオフがあるのです。

 そうした現実を直視し、仲間たちと熟議する。待機児童問題に悩む子育て世代などの当事者たちに話を聞くと理解が深まります。もちろん、皆さんが当事者世代である奨学金問題や社会保障の世代間格差について、各政党・候補者がどのような公約を掲げているのか、他党の公約や専門家の指摘と擦り合わせて一つ一つ吟味をする―。初めての一票を投じるまで、その重みをぜひ感じてください。(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

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