川村元気、翻訳絵本『きみをわすれない』は「家に置いてあるだけで “ちょっとうれしい気持ち” に」
『きみをわすれない』の中で印象に残っている場面はありますか。
「少年が “つかれちゃった…” と言って精神的に落ち込む場面は、結構ショッキングだったけどリアルな描写だなと思いました。前作が読まれたのはコロナ禍のステイホームだった時期で、その頃はしんどかったけれど家族と一緒にいられた。でもコロナが終わって、いざ学校に行き始めたら嫌な思いをしたのかもしれない。動物たちと一緒に家にいたら言葉のいらない世界で幸せに暮らせていたのに、一歩外に出ると多くの言葉が飛び交っていて、そこには人間同士が傷つけ合う言葉がたくさんある。
今の世の中を取り巻いている鬱屈とした気分のようなものが少年を通して表現されたことに少し驚きもありましたが、そこから少年が自分を取り戻すプロセスが丁寧に描かれています。前作の少年は動物たちの話の聞き役というか、狂言回しのような存在だった。今回は少年の内面の闇が顕在化することで、本当の意味で物語の主人公になったように感じました。
また、少年が “いままでにもらったなかでいちばんたいせつなものは?” と聞くと、馬が “時間” と答え、最後に “ひつようなだけ時間をかけよう” と語るなど、時間についても触れられています。コロナ禍で一度社会が立ち止まった分、再び動き出した時間の流れは一層早く感じられるし、スマートフォンによって常に動き続けることができてしまう。そんな中で『きみをわすれない』は時間という概念に意識が向けられた作品だなと感じましたね」
周囲の人から寄せられた『きみをわすれない』の感想は?
「自分で楽しむのはもちろん “誰かにギフトしたくなる本ですね” とよく言われます。確かに誰かにもらったらすごくうれしくなる本ですよね。あらゆる娯楽がスマホで消費できる今だからこそ、贅沢な印刷がしてあって、家に置いてあるだけで “ちょっとうれしい” 気持ちになることは紙の本ならではの強み。そういう意味でこの本は、紙の本であることに大きな魅力があるなと感じています。
日常の中で自分でコントロールできる時間が本当に少なくなっていて、紙の本を読む時間を取るのは本当に大変です。今や読書も時短の波に飲まれていて、僕が書き下ろした小説『8番出口』はオーディブルでめちゃくちゃ読まれています(笑)。スマホを見ている時間はAIにコントロールされていたりして、ページをめくる時間も含めて自分でコントロールできる紙の本とは対照的ですね」

