林和希「音楽が好きで仕方ない」原点に回帰したニューアルバム『to』
ヒップホップグループのDOBERMAN INFINITYのボーカルで、ソロシンガーとしても活動する林和希がセカンドアルバム『to』をリリースした。約1年半という長い月日を費やして作り上げた渾身のアルバムに関して、制作秘話や作品に込めた思いなどを聞いたオフィシャルインタビュー。
「リアルじゃないと嫌だ」って思うようになっていた
--待望のセカンドアルバムですよね。前作『I』から数えると2年半ぶりということになると思うのですが、その分、じっくり制作に取り組んだということでしょうか?ニューヨークにも行ったと伺いました。
今回、感じたことでもあるんですけど、僕は私生活が充実していたら曲が書けないんですよ。すごく悲しいとか、そういう感情の波がないと(書けない)。今思い返すと、自分の中で何か大きなことが起きないと書けないのかもな、と。だから、そういう自分の生活を変えたくてニューヨークに行ったような気もします。
--今回のアルバム制作は、ニューヨークへの旅が大きなきっかけに?
細かいことは決めていなかったんですけど、2024年の秋に初めてニューヨークに行って。その時、本当に「曲が書けない、何を書けばいいか分からない」という状態だったんです。生まれるものが何もない、という感じで。なので、ニューヨークへは自分が何を感じているのかを探しに行く、という感じでした。
--DOBERMAN INFINITYとしても絶えず作品を発表しているわけじゃないですか。その時は、そこまでスランプに陥ることはない?
ドーベルの曲って、人の背中を押したり応援したりするテーマが多くて、5人だからこそ書ける題材もたくさんあるんですよね。でも、ソロになると一気に 「じゃあ自分は何を表現したいの?」ってところに向き合うことになって。僕って別にラッパーでもないし、自分のライフスタイルを全部さらけ出すようなアーティストを目指していたわけでもなかったんですけど、気づいたら 「自分の気持ちがちゃんと乗るものじゃないと書けない」とか、「リアルじゃないと嫌だ」って思うようになっていたんですよね。今は、そこが自分の中で一番大きなテーマになっています。
--最初に訪れたニューヨークで、最初に受けたインスピレーションは何でしたか?
スティーヴィー・ワンダーのライブですね。70歳を越えても、パフォーマンスは全く衰えていないし、「これは勝てる要素がねえな」って思うくらい神がかったライブでした。同時に、「音楽が大好きすぎる」っていう思いを改めて実感したんです。それまで、毎日幸せじゃないし苦しい気持ちの方がデカかった。「人生の選択、これで合ってんのかな?」と思うくらいだったんですけど、スティーヴィーのライブを観たら涙も出てくるし…。ニューヨークは、やっぱり(音楽が)好きで好きで仕方ないんだって再確認した場所でしたね。あとは、出会う人もすごく刺激的で。「こんなに温かいんだ」と思えたし、周りにも恵まれていたと思います。人との出会いがあって出来たアルバムだなって。

マンハッタンの屋上で芽生えた“このアルバムで革命を起こしてやる”という気持ち
--1曲目の「Trillion」では「見えたのさ、もう全て」と歌っていて、潔いなと思ったんですよね。吹っ切れたのかな?みたいな
マンハッタンの屋上にあるバーみたいな空間に足を踏み入れた瞬間、「あ、今、自分は世界の夜の真ん中にいる。世界の中心に立っているんだ」と強く感じたんです。そこでパチンとハマったというか、その景色を絶対に持って帰らないといけないと思ったし、そこで“このアルバムで革命を起こしてやる”という気持ちが芽生えたというか。あの瞬間が自分にとって大きな転機になったと思っています。
--めちゃくちゃかっこいい瞬間じゃないですか。アルバム制作までに何度かニューヨークに足を運んだ?
全部で3回いきましたね。もう、自分のお金は全部ニューヨークに突っ込みました(笑)。夏にも1カ月くらいSOHO地区に滞在して、キッチンもついている広い部屋を借りたんです。屋上もすごく居心地が良くて、そこでリリックを書いたりしていましたね。
--アルバムの随所にも、ニューヨークの街角で録った雑踏の音が差し込まれていますよね。空気感が伝わってきました。
本来なら最初のニューヨーク滞在で全部仕上げる予定だったんですけど、どうしても書けなくて、日本に持ち帰っても埋まらない日が続いて、「これはやばい」と思う瞬間もあったんです。それで、何度かニューヨークに行くことになって。でも最後の最後に、“途中まで書いていたものを全部ここで仕留めたい”という気持ちが強くなって、一気に書き切りました。
--成熟した魅力を感じる『to』ですが、コンセプトはどのように?
うーん、なんて言うんですかね…。明るくはないんですよね。このアルバムって、ずっとどこかダークなトーンがあるんです。大切な存在との別れを経て書けたアルバムではあるーーというよりも、それが全てなんですよね。別れの日が近づくにつれ手探りで新な道を開こうとニューヨークに行くことになりました。
--リード曲になった「you」もそうですけど「Anniversary」といった曲を聴くと、それぞれの道を歩み出そうとしている二人の情景がすごくありありと浮かんできて。もちろん切なさもあるんですけど、リアルが故にすごくダイナミックな内容に仕上がっているな、と感じました。
こんなに大きな出来事は、アーティストとして絶対に形に残さないといけないなと思っていたんです。この経験をなかったことにするなんて、自分の中では考えられなかった。だからこそ、「この出来事があったからこそ、こういうアルバムにしよう」と決めることができた。あと、言葉選びにすごく時間がかかったりもしたんですけど、それでも「これをちゃんと音楽に落とし込まないと、もうアーティストをやめるしかない」と思うくらいに追い込んで作ったんです。

「あなたがいたから、このアルバムが出来ました」
--既発曲「Show me what you got」は、新たにP-CHOさんが参加されたバージョンが収録されていますよね。「こう来たか!」とうれしいサプライズでもありました。
はい。本人もとても喜んでくれて。CHOさんとは常に「一緒に曲作りたいね」と話していて、あの曲をさらにパワーアップしてくれるのがCHOさんのラップだなって思って。「どうにかお願いできませんか」と電話してオファーしたんです。
--やはり「Show me what you got」は思い入れの強い曲ですか?
前回のツアーのダイジェスト動画に使われていたからか分からないんですけど、めちゃ好きな楽曲なんですよね。あの曲を聴くと、『I』のツアーでのみんなの顔とかが浮かんでくるんです。だから、リミックスも絶対に完成させたかったし、「Show me what you got」自体がアルバムの原動力になった、というところもあります。
--自信にあふれる「Trillion」から始まって、最後、新しい未来を感じさせるような「Forsyth St」で幕を閉じるという構成もすごく良かったです。
場面的には、ニューヨークで始まってニューヨークで終わるという。この構成は最初に決めていました。そこに、東京での生活を織り交ぜて二つの都市を交互に並べるという構成なんです。なので、ニューヨーク側の曲にはスキットを入れている。そういう作り方をしたいとずっと思っていたんです。
--ぜひ、アルバム一枚を通して聴いてほしいですよね。さっき話していたニューヨークと東京の絶妙なトーンの違いも感じられると思いますし。
はい。最初は「you」を一番最後に持ってこようか、とも思ったんですけど、この流れにして良かったなと感じています。
--ビートの面でもすごく豊かですよね。ほぼ全てをセルフ・プロデュースで完成させているところにアーティストとしての執念を感じました。
大変でしたし、辛かったですもん。ミックスはJIGGさんやD.O.I.さん、hayabusaさん、Ryosuke Kataokaさんたちに手伝ってもらったんですけど、ビートは基本的に全部自分で作りました。家で一人で作業して、もう鬼のような…(笑)。僕の制作の9割は、歌詞なんですよ。そこに一番時間が掛かる。でも、今回はレコーディングの作業にも肩の力が入ってしまったんです。最後にレコーディングしたのは「Trillion」なんですけど、その時はスケジュールもギリギリで、精神的にも追い詰められてしまって。自宅で作業していたんですけど「もう無理だ」って頑張れなくなってしまったんですよ。そうしたら、スタッフの方がスタジオを用意してくれ、そこで何とか最後まで頑張ることができました。
--でも、そのこだわりがアルバムの随所からあふれているんじゃないかなと思います。ビートも粒揃いですよね。
いいビートができたから、その分、肩の力が入っちゃったのかもしれないです。「Anniversary」のビートが一番好きなんですけど、「いいトラックができたからどんなテーマで書こうかな?中身の濃いものにしたい」と。ずーっとトラックに合うトピックを探していました。
--タイトルからして、記念日を祝うハッピーなカップルの歌かな?と思ったんですが、実際にはその真逆のことが歌われていますよね。
このアルバムの流れを考えていったとき、まず「you」で表現したテーマ…つまり、失恋の感情はすぐに見えていたんですけど、それ以外にも過去を振り返る中で、男性と女性の間にあるリアルな関係性を書きたいという気持ちもあったんです。時間とともに変化していく大人同士のリアルさ、というものを強く感じて。たとえば、昔は食事に行けば夢中で話していたのに、気づいたら「俺たち、今って会話してないよね」みたいな瞬間があったり、顔を見つめ合うんじゃなくて、ふたりとも窓の外の景色ばかり見てしまったり。そういう自分と周りとの対比、みたいな感覚もずっとあって。そうした経験を歌にも落とし込みながら、“アニバーサリー”というテーマにも自然につながっていったんだと思います。結果として、このビートに一番合うテーマで、自分が書きたいことをしっかり書けたという実感もあります。
--今回のアルバムを通して、成長したなと感じる部分はありますか?
シンプルに、聴かせたい音を厳選して完成させることができたと思います。本当はもっとコーラスとか音数とか、積みたいところもあったんですけど、引き算していくことができたというか。今回収録した10曲は、自分の中でちゃんと筋が通っている10曲なんです。
--『to』というタイトルにはどんな想いが込められていますか?
あなたに対して書きましたよ、という意味ですかね。自分が、というよりも「あなたがいたから、このアルバムが出来ました」ということで。やっぱり、これしかないなと思って決めたんです。
--すでに、ツアーも始まっています。
今回は、突き抜けさせてもらいたいですよね。とことん音楽好きなやつのライブっていうのを、存分に見てもらいたいなと思っていますね。そして、いろんな人にこのアルバムを聴いてほしいですね、本当に。
インタビュー:音楽ライター 渡辺志保
リード曲「you」、「Trillion」「Plumeria」「Show me what you got (Remix) feat. P-CHO」なぞ全10曲を収録。映像ディスクには、林 和希 LIVE TOUR 2024 “I” LIVE VIDEOを収録している。【初回限定盤】CD+Blu-ray または CD+DVD 6930円(税込)、【通常盤】CD3520円(ともに税込)
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