武尊 「K-1は、夢と希望が詰まった最高の舞台」

 新生K-1-55㎏の王者であり、今やその実力と人気で、K-1全体をリードしている武尊。テレビのバラエティーや雑誌、ラジオなどにも積極的に出演し、格闘技ファン以外にも多くのファンを持つ。すべてはK-1をもっと知ってもらい、盛り上げるためだと語る武尊の格闘技にかける思いとは。さらにチャンピオンの先にある夢について語る。

撮影・神谷渚

K-1の中でも一番輝いて、一番面白い試合を僕がします。そして誰もが憧れるスーパースターになります。

K-1のチャンピオンになることを夢見て上京

 テレビで見たK-1の選手に憧れて、小学生の頃から空手を習い、ずっと格闘技を続けていました。K-1に出るからにはボクシングもできなくてはと、高校はボクシング部のある高校に入学したほど。それなのに、高校に入学したら、遊びのほうが楽しくなっちゃって、いろいろやんちゃをやらかした結果、学校を辞めなきゃいけなくなった。その時は楽しかったから、別に学校をやめてもいいやって思っていたんですけど、すぐに今までやってきた格闘技を失くしてしまった事を、猛烈に後悔して…。格闘技がないと、こんなに楽しくないんだって。つまらないし、不安だし、好きな事ができない辛さを思い切り味わった。それがきっかけで逆にもう一度格闘技と真剣に向き合おうと思ったし、そこから格闘技に対する意識が変わりました。人生のターニングポイントがあるとしたら、そこでしょうね。それから、K-1甲子園に出場することを目指し、改めて高校に入り直しました。K-1甲子園の出場資格が高校在学者だったので。それぐらいの思いがあり出場したのに、K-1甲子園では負けてしまったんです。勝つために高校を少し休んで、タイに武者修行に行くなど、本当にそれだけにかけていたのに、蹴り数制限のルールによる減点で負けた…。そこで優勝して、実力を認めてもらってK-1に行こうと思っていたので、これ以上アピールするチャンスがなくなったと思ったら悔しくて悔しくて…。それで、本部席に行き、当時K-1甲子園の実行委員長をされていた前田憲作さんに向かって、泣きながら“僕はこんなに弱くないんです。もっとできるんです。まだ全然実力を見てもらえてません”って言った(笑)。そしたら前田さんが“うちに来たらもっと強くなれるよ”って言ってくれて。それがすごく心に響いて、その瞬間に東京に出て、前田さんが代表を務めていたジム“チームドラゴン”に入門するって決めました。そこからは東京に出るためのお金を貯めて、卒業した次の週には東京にいましたね。それからはほとんど毎日練習で、家には寝に帰るだけ。試合後のオフはなるべくメディアの活動をして、K-1の価値を広めたいと思っています。僕がK-1に夢を与えてもらったように、たくさんの人にK-1の素晴らしさを通じて夢を与えたい。そのためには、K-1の魅力をもっともっと知ってもらわないと。ほかにも選手はたくさんいますが、僕じゃないとできないと思っているので。自信? それはこういう仕事をしている時点で、ポジティブですから。小さい頃から目立ちたがり屋だったし、ある意味ナルシストだし(笑)。チャンピオンとして、そういう自覚も多少ついてきたかなと思っています。

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