やはり彼らは只者ではなかった『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』

【著者】二宮敦人
【定価】本体1400円(税別)【発行】新潮社

 奥さんが現役藝大生という著者によるノンフィクション。きっかけは、書斎で巨大な木の塊から木彫りの陸亀を掘り出したり、体に半紙を張り、自分の型をとっていた妻を見たこと。そこにまったく別の世界に生きる人の気配を感じたという。さらにダメ押しとなったのが、台所に転がっていたツナ缶。ツナ缶だと思ったそれは実はガスマスクで、藝大の生協に売っているという。そこから藝大に興味を持ち、妻に案内してもらいながら、藝大という名の秘境に足を踏み入れたのだ。


 上野にある藝大は、駅を背にして左側が美術学部の“美校”、右側が音楽学部“音校”に別れている。その境界線に立った著者はまず、見た目の違いに気づき、数分も眺めていれば、歩いてくる学生が音校と美校のどちらに入っていくか、分かるようになったという。そこから、取材がスタート。ちなみに、大学受験最難関の1つと言われている東大理3の、平成27年度の志願倍率は4.8倍。対して藝大の最難関、絵画科の同年の倍率は、なんと17.9倍になるという。藝大全体でならしても7.5倍で、その昔は60倍を超えたことも。


 超狭き門の藝大だが、著者がインタビューした学生はことごとくユニーク。しかも特別おもしろそうな人だけをピックアップしたというわけではない。小さい頃から漆が好きで、工芸科漆芸専攻に入りながら、絡繰り人形の制作に没頭している人、口笛をきわめ口笛で藝大に入った男、刺青に興味を持ち、絵画科日本画専攻に学ぶ元ホストクラブ経営者など。藝大には、そういう人を受け入れる懐の深さと、自主性を重んじ、学生のやりたいようにやらせる校風があり、これもまた信じられないことばかり。著者は美校、音校、両方のさまざまな学科の藝大生に、入学から卒業後のビジョンまで丁寧にインタビュー。謎に包まれた秘境の秘密が少しは分かる!?