ラグビー元日本代表・吉田義人氏に悪質タックル問題を聞く

 アメリカンフットボールの試合中、日大の宮川泰介選手の悪質なタックルで関西学院大のQBの選手が怪我を負った問題は、5月22日の宮川選手の謝罪会見を皮切りに、日大の内田正人監督と井上奨コーチ(肩書は当時。ともに辞任)、日大の大塚学長と会見が立て続けに行われ、さまざまなことが明らかになってきた。本紙ではラグビー元日本代表で明治大学ラグビー部の監督も務めた吉田義人氏に話を聞いた。

いわゆる“コンタクトスポーツ”の観点からタックル問題について解説(撮影・蔦野裕)

「ラグビーではあんなプレーはあり得ない」
 まず、今回の問題について率直な感想を。

「あの映像を見た時、彼が一人のスポーツマンとして…どこかがおかしくなってしまったのではないかと思いました。精神的に問題があるような感じ。僕にはとても正常な人間の行為には見えなかった。だから “この人間に何が起こったんだ?”って、ことしか浮かばなかった」

 宮川選手の会見以降、急速にいろいろなことが分かってきました。そのうえでは?

「メディアが多方面で情報を発信しているけれど、錯綜してしまっているように思います。指導者には責任もあるし、守らなければいけないこともあるから、すべてを包み隠さずということはないと思います。だから何が真実かは僕には分からない。メディアが現役の日大の選手のところにも取材に行って話を聞いているようです。それがいろいろな形で僕らのほうに伝わってくるんだけど、僕は活字を読んだり、ニュースで聞いたようなことで判断をしたくないなとは思っています。彼は本来正常な思考回路でプレーをできるはずの人間。そんな人がああいうプレーをしちゃったということ、そういうことをさせてしまったということ。彼のプレーヤーとしての精神状態をそこに追い詰めちゃったことがすべての根源なんだろうなと思います」

 中学、高校、大学とラグビーをしてきた中で、ああいうプレーを見たことは?

「ラグビーではあんなプレーはあり得ないです。もしあんなプレーをしたらレフェリーが即退場をさせます。そして何より、仲間が“お前、出ていけ!”と言うでしょうね」

 1987~1991年に大学生として、2009~2013年には明大ラグビー部監督として大学スポーツに関わっていますね。

「ラグビーは紳士のスポーツと言われています。そういう選手たちの集団。そういう心構え、気構えを持っていない人間じゃないとラグビーはできない。人の生死にかかわる部分もありますから。当時も明治には100人の部員がいましたが、本当に危険なプレーをする選手は試合にも出さないし、もし練習でそんなプレーをし続ける選手がいるのであれば、これはもう辞めてもらうしかない」

自らの監督時代の経験をもとに指導者の在り方について語る(撮影・蔦野裕)

「選手は監督の鏡。選手の姿は指導者自身の姿」
 大学スポーツにおける監督のあり方については?

「学生スポーツというのは教育機関の中で、体育会と言われています。すべての体育会はそれぞれのスポーツを通じて、正々堂々と立ち向かっていくといった精神などを指導しなければいけない位置づけだと思っています。今回の件はそこが希薄だったのではないでしょうか。僕は2016年に日本スポーツ教育アカデミーという一般社団法人を設立して理事長に就任し教育に携わり、子供たちに指導をしています。もちろん明治大学のラグビー部でも人を育てるという位置づけで取り組んできました。僕が大学の監督だった時には事件性があるようなことは一切起こらなかった。まずスポーツ選手である前に、社会で生きていく一人の人間としての自覚を持たなければいけない。そして学生はいずれ社会に出た時のためにしっかりと自分がやってきたことに誇りを持って正々堂々と戦っていく基盤を作る必要がある。指導者はそこに向かって正しく行動していかないといけない。それはなぜかというと子供たちは指導者のことを見ているから。子供といっても大学の場合は18~22歳までいて、成人もいれば未成年もいる。つまり社会性をまだ身につけていない存在。そういった意味では大学の運動部の監督は非常に難しい世代を預かっている指導者とはいえます。したがって指導者自身が常にそのことを自覚し、自らが模範となれるよう活動していかなければなりません」

 今回、宮川選手は内田前監督との関係について「ほとんど話したこともないので信頼関係があるかどうか分からない」といったことを言っていたが、自身が学生の時、当時の北島監督とはコミュニケーションは取れていた? また監督を務めていたとき学生とのコミュニケーションは? 

「北島監督はほとんど僕らにラグビーのプレーにおける指導はしなかったです。僕の場合は北島監督に信頼されていると自負はしていたし、僕も監督のことを尊敬していたので関係値はしっかり築けていた。監督と選手の間にコーチがいたんですが、自分たちの考えや悩みを打ち明けられる存在だった。その方も信頼されていた人だったし、北島監督にもちゃんと話ができる人たちだった。だから宮川君が言っているようなことはなかった。僕が監督に就任した時は、能動的に動く選手の数が少なくなっていた。ヘッドコーチやコーチもいましたが、監督自身が選手の変化に敏感にならないといけない。例えば挨拶ひとつにしても、“なんか元気がないな”といったことに気づいてあげられるのが監督の大切な素養だと思っています。そういった意味では、ああいう選手を存在させてしまった、選手にああいうプレーをさせてしまったことは指導者として残念です。結局、選手というのは監督にとって鏡です。選手の姿は指導者自身の姿です」

最後は選手たちに熱いエールを送った吉田氏(撮影・蔦野裕)

「初心忘るべからずの精神で、これからも自分自身を磨いていってほしい」
 日体大とか日大ラグビー部に嫌がらせの電話がかかってくるという報道があります。タックルと聞くと、ラグビーと思ってしまう人が多いようです。

「一般の人たちの中にはラグビーとアメリカンフットボールのなにが違うのか分からない人も多いのかもしれません。ボールの形も一緒だし、それにどうこう言ってもしようがないけど、ラグビーはイギリスで生まれて、もともとマナー教育のために取り入れられた、子供たちを教育するための重要なスポーツのひとつ。ラグビー界はラグビーというスポーツの特性をもっと世の中の人に訴えていかないといけない」

 大学スポーツ全体への影響は?

「もともと体育会というのは学生の自治活動なんです。だから大学の経営者といった方々もそこまで立ち入らないというのは内側の事情でしかない。大学で起こったことなんだから、世間には大学の責任だと思われる。だから今回の問題をいい教訓にして、“スポーツを通じての教育”という観点からの体育会の在り方をもっと考えていくべきです」

 アスリートの先輩として、選手たちに助言を。

「初心忘るべからずの精神で、原点を忘れることなく、常に常に応援されているという感謝の気持ちで、これからも自分自身を磨いていってほしい」              (TOKYO HEADLINE 本吉英人)