なぜ100年前の植物標本が人々を魅了するのか「ポール・ヴァーゼンの植物標本展」でトーク

ポール・ヴァーゼンの植物標本を見つけた時、「そこだけ光っているような感じでそれしか見えなかった」と飯村さん

アンティークを扱いながら個人のナラティブ(物語)を伝えたい

 植物標本には右側に植物の名前、左側に採取された場所が書いてあり、すべての採取場所を調べて地図上にマッピングしたという飯村さん。

「特に多かった採集地がラ・シャソットだったんですけど、調べていくと広大な庭を所有している寄宿学校だということが分かりました。さらに調べるとその学校は芸術教育に力を入れていて、標本を見ると彼女の美意識が作品を形作っていることが分かる。100年前の女性がフランスとスイスの国境を行き来し、高山に分け入って一つひとつ摘み取った植物標本の物語を、蚤の市からすくい取れたことは自分にとって大きな出来事」と語る飯村さんに、志村さんは「骨董商の仕事を超えていますよね」と感嘆した。

 飯村さんは「ラ・シャソットは開発され、高速道路になっていて今はもうありません。地球温暖化で気温が1度上がると高山植物は淘汰されるといわれ、今は目にすることができる植物もいずれ見られなくなるかもしれない。そういう意味でも彼女が大切に作った植物標本は、100年後の僕たちの琴線に触れているのではないか」と問題提起。ポール・ヴァーゼンの植物標本を東京大学に寄贈する計画もあるといい「さらに100年後、どんなディストピアになっているか分からないけど、この本を読んで植物標本が見られる機会が訪れるかもしれません」と微笑んだ。

 最後に飯村さんは「僕はアンティークを扱いながら、その中に個人のナラティブを見出して伝えたいという思いがあります。志村さんの作品にも喪失したものの中から立ち上がる場面があって、そういう個人の物語を個人個人が感じ取っていくことで、いろいろな出来事に対しての想像力が養われ、他者に対して自分の気持ちを差し出したりやさしく受け止めたりといったコミュニケーションが広がっていくんじゃないか。大きな文脈の中に生きるのではなく、ミクロの物語があることに想像力を巡らすことが大事なんじゃないかと思います」。

 志村さんは「メディウム(媒体)というのは、実は意外なところにあるのかもしれない。民俗学者の柳田國男は女性と俳諧(俳句)について〈古くから日本に伝わっている文学の中で、是(これ)ほど自由にまたさまざまの女性を、観察し描写し且つ同情したものは他にありません〉と言っていて、標本であったり俳句であったり、意外なミクロの物語が発見される可能性はまだまだ残されていると思います」とまとめた。

 この日はピアニストの染矢早裕子さんによる約100年前のフランスのピアノ曲を中心とした演奏会も実施。100年の時を超えた植物標本とピアノ曲の共演に、観客は静かに聞き入っていた。「ポール・ヴァーゼンの植物標本展」は「いずるば」にて3日まで、入場料は500円(31日は休廊、未就学児は無料)。