スガダイロー 4月に東京と京都でジェイソン・モランと奇跡のデュオ

 昨年12月にニューヨークでスガダイローとジェイソン・モランという2人のジャズピアニストがライブを行った。特殊な環境での出来事だったため、目撃した人は限られた。しかし、2人はこのライブを通じ意気投合。4月に東京と京都に場所を移して再び相まみえることとなった。

撮影・蔦野裕

器が変われば、見え方も変わる。“ジャズ”に対する視点を変えてみたい
  まず、昨年12月にNYでライブをやることになったきっかけは?

「『BOYCOTT RHYTHM MACHINE』という2組の音楽家が、何も決め事なく自由に即興で音楽を奏であうプロジェクトがあって、その企画の世界編『WORLD WIDE VERSUS』にジェイソン・モランに対抗する日本人として僕に白羽の矢が立ったという感じです」

 ジェイソン・モランはアメリカで活動するピアニストで、ブルーノートのレーベル創立75周年記念のコンサートではロバート・グラスパーとのデュオでメインアクトを務めるなどジャズシーンで大きな存在感を示す。スガは米国のバークリー音楽大学に留学していたのだが、その時点でモランはすでに最前線で活躍していたという。

「僕は彼のファン。あこがれているというか、かっこいいなって思う。年齢的には僕の1歳下なんだけど、キャリアも違うし、生きているピアニストの中でも貴重な尊敬できるピアニスト。みんな死んじゃったんで、あんまりいないんです(笑)。僕が好きなピアニストでジャッキー・バイアードとアンドリュー・ヒルという人がいるんですが、彼はその両方に習っていて、そういうところからも“(モノが)違うな”って思いました」

 モランと演奏するにあたって何か特別な思いなんかはあった?

「演奏するときはあまりなにも考えなかった。もっといろいろ考えちゃうんだろうな、嫌だなと思っていたんだけど、演奏したら意外と考えないですみました」

 すんなり演奏に入っていけた?

「うん。もういいや、って感じ(笑)」

 スガはもともとそういう腹の座り方をする人ではある。

「僕の場合は“もういいや”ってなれてからが強いですね。ちょっと考えすぎちゃう時があるのですが、そうするとだいたい良くない。練習しすぎてしまったり、あれやろうこれやろうって考えちゃったり」

 ニューヨークでの公演は世界的に有名なピアノメーカーであるスタインウェイがクイーンズに持つ工場で行われ、新品のピアノを2台使ったかなり特殊な環境のものだった。互いのソロからスタートし、VERSUS=デュオ演奏という流れ。4月の公演も12月と同じような構成に?

「どうでしょう。その状況になってみないと分からないです。意外と指定が多いほうがうまくいったりする気もするし。“もういいや。そんなもんできるわけねえだろ”ってなってからのほうがうまくいくかも(笑)」

 今回、東京ではダンサーの田中泯、京都ではライブ・ドローイングの鈴木ヒラクもパフォーマンスを行う。2人とも即興に強いアーティスト。

「ピアノと泯さんとヒラクさんが関係するのかしないのか。そこもどうなるかは分からない。最初に“何も決まっていませんよ”と言っておくことによって、お客さんもそれぞれで考えて楽しんでもらえればいいかな」

 モランもスガのようなピアニスト?

「いや、彼はそうじゃない。カチッとした演奏をするし、アメリカではこういうインプロヴィゼーションみたいなものはあまり流行っていないから、フリージャズという形はめったにやっていないんじゃないかな」

 モランとは12月にいい関係ができた。今後もなにか発展させていきたい?

「そうなっていけば面白いと思う。ジェイソン自体、ニューヨークで演奏することに疑問を持っているんです。ニューヨークって観光都市なので、ジャズクラブでは今のミュージシャンが今の音楽をやるんじゃなくて、観光客が感じる“ジャズ”を演奏しなければいけない。日本でもブルーノートとかにそういうところを感じていて、アメリカから来たミュージシャンもほとんどブルーノートで演奏するじゃないですか。それはお客さんも“本場のジャズが聴きたい”という姿勢で来るから」

“ブルーノートだから行く”という客もいる。

「そう。そういう“本場のジャズ”みたいな状態に彼は疑問を感じている」

 スガも同じようなマインド?

「僕もジャズクラブの店名に“ジャズスタンダード”の名前がついていたら“ここでは、ジャズやらなきゃいけないんだ”とか“本気でジャズ好きすぎでしょ。お客さんもジャズ求めてくるの?”みたいな感じになって行きたくなくなっちゃう(笑)。だから新宿のピットインなんかはありがたい存在。名前も日々のライブも自由で意味分かんないし(笑)、お客さんも“今日、なにが起きるの?”みたいな感じで来てるじゃないですか。僕がよく演奏する荻窪のベルベットサンもジャズなんか全然やらない。もともと昔のジャズクラブもなんか面白いことをやっているハコだったんだと思うんです。ニューヨークのファイブ・スポットなんかもね。ジャズなんてもっと雑多なものだったのに、今はなんとなくジャンルに特化してしまっている。そういうところから外れた公演を海外ミュージシャンたちもできるようになれば、もっと面白くなるのに」

 このタイミングで2人が一緒に演奏することでジャズファンの“ジャズ”を見る目が変わるかもしれない。

「日本ではミュージシャン側も、ジャズにこだわっているジャズ至上主義の人たちと、“ジャズなんてクソだ”って言って反抗している人たちに二分化しているんだけど、器が変われば、見え方も変わると思うんですよ。同じ演奏内容でもブルーノートでやるのと美術館でやるのとでは見え方が全然変わるじゃないですか。そういうふうに“ジャズ”に対する視点を変えてみたい。もっといろいろあっていいんじゃないかなって思うんです。ジャズってもともとよく分からない形の音楽だったはずだから」

 なかなかレアな公演。昨年12月に「ニューヨークには行けないな…」とあきらめた人はもちろん、型にはまった音楽に飽き飽きしている人なんかにはぜひ足を運んでほしい。

撮影・蔦野裕

ピアノは10台あったら全部音が違う。弾けば弾くほど育っていく
 ピアノというものは10台あれば10台とも音が違うものだという。

「全然違います。弾いていくうちに育っていくという感じ」

例えば、12月にスタインウェイ工場で用意された2台のピアノもやはり音が違ったという。これも弾き続けていくと、ある程度は作る側が目指しているようなところに収斂していくというもの?

「そのへんは作る人と話したことがないので分からないんですが、山下洋輔さんが経験した話なんですけど、大きいホールってピアノが何台も置いてあって、どれを弾きたいかをピアニストに選ばせるんです。そうすると最初は新品で差がないんですが、弾きこむことによって、少しずつ音が変わってくる。“鳴りだす”というんですが、鳴りだすとみんな“あ、こっちのほうが鳴るな”って気づくじゃないですか。だから鳴らないほうは誰も弾かなくなる。そうなると弾かれないほうは育たない。鳴るほうばかりがどんどん鳴るようになる。そうなるとピアノデュオやるときに2台重ねられても、全然鳴りが違ってくる」

 人によって好みは違う?

「違うし、鳴りという面でいえば、言霊というのかな。弾いたピアノの音に魂が宿っていくということは俺はすごく感じます」

 ライブで全国を回る時はピアノは持っていかない。毎回鳴りが違ったり個体差があるものを弾いている。

「そう。だから調整は30分くらいする。調整というかひたすら弾くしかないんですが。そのうちにフィーリングが合ってくる」

 例えば、リチャード・クレイダーマンといったピアニストがツアーを回る時って、自分のピアノを持って回るもの?

「あれくらいのピアニストだと持って回るかもしれないですね。でもそういう人はなかなかいないですよ」

 そういう人でも現地で用意したピアノを使う?

「ケースバイケースだと思います。自分のピアノを持っていく場合もあると思うんですが、それはパフォーマンス性が強いですよね。現実的じゃない。例えば海外から持ってきたら湿度が変わっちゃうから、下手したら壊れちゃう。そんなリスクよりも、そこにあるピアノを使うほうが多い」

 常にピアニストはライブ先にあるピアノを弾く。そう思うとピアノ自体が常に即興という運命にある楽器に思える。

「その時その時のフィーリングで全然弾き方も変わっちゃう。ピアノとのセッションです。ピアニストはそういう宿命。でも俺はそういうのは結構楽しいですね。今日はどんなピアノなんだろう?みたいな感じ」

 土地土地に彼女がいるみたい。

「ホントにそうですね(笑)。行くのが楽しみな店とかありますよ」

 ちなみにホームとする荻窪ベルベットサンのピアノは70年の年季の入った一台。

「あいつはホントもう替えてほしいんだけど(笑)。でも俺もけっこう容赦ないタイプだから、あと30年くらい弾こうかと思っている(笑)」

 激しい演奏にもついてくる70歳の…。

「いや、全然ついてこない(笑)。あいつのせいで俺、だいぶピアノがうまくなる機会を逃していると思う(笑)」

 ピアノの奥の深さを感じさせるエピソードだ。

「ピアノは楽しいですよ。10公演あったら、ピアノ10台全部違いますから」

 変な癖がついているな、とか?

「本当にそうなんですよ。“おまえどうした?”みたいな。そういうのはだいたい誰が弾いたかは分かるんです(笑)。“これ誰が弾きました?” “○○さんが弾いたんですよ” “やっぱりか…”みたいな(笑)。面白いと思いますよ。ピアノを題材に小説を書きたいって言った小説家もいるくらいですから」

「スガダイローとJASON MORANと東京と京都」
〈東京公演〉【日時】4月11日(火)開場18時、開演19時【会場】草月ホール【料金】全席指定 前売 7000円、当日 8000円【出演】スガダイロー(Piano)、ジェイソン・モラン(Piano)【ゲスト】田中泯(Dance)

〈京都公演〉【日時】4月15日(土)開場17時、開演18時【会場】ロームシアター京都 ノースホール【料金】自由席前売 5800円、自由席当日 6500円、立見席前売 4500円、立見席当日 5300円、学割前売(立見席のみ) 3500円 ※学生証・証明書など要提示【出演】スガダイロー(Piano)、ジェイソン・モラン(Piano)【ゲスト】鈴木ヒラク(Live Drawing)

〈関連公演〉JASON MORAN SOLO PIANO @HIROSHIMA CLUB QUATTRO」【日時】4月13日(木)開場18時30分、開演19時30分【会場】広島 クラブクアトロ【料金】前売 5,800円+1D、当日 6,500円+1D