【徳井健太の菩薩目線】第34回 面白い人生をおくるには、「Bad to Do リスト」を作れ

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第34回目は、凡庸な毎日をひっくり返すために必要なことについて、独自の梵鐘を鳴らす――。
 「なぜ人生はつまらないのか?」

 多くの人が抱きがちな疑問かもしれない。先日、ツイッターをながめていると、この疑問に対する金言に出会った。回答者は、東大卒。要約すると、次のような答えだった。

 「人生をつまらなく感じるのは、結局、そこに居心地の良さを感じてしまうからだ。居心地の良い人生とは、理性と合理的思考によって築かれている」と。

 たしかに、合理性を突き詰めれば、人間は食って、休んで、寝るだけの毎日でも成立する。生きるために必要なことを最優先すると、自ずとそうなる。その上で、「だから、あなたが捨てるべきものは理性と合理的思考です。代わりに、狂気を手に入れるのです」と続ける。

 そして、「それができない限り、つまらない人生に安住する凡人だったに過ぎないということ。そうしてまた人生に絶望するでしょう。でも、それも人生です」と締めくくる。

 ブラボー。思わず、膝を打ってしまった。常日頃、俺が考えていることをここまで端的かつ的確に言葉の中に封殺した狂気論は、見たことがない。理性と合理的思考を放棄することこそ、「つまらない日々を~ぶっ壊す♪」ために必要なことだったんだ。

 ある番組で、よくギャラ飲みに参加するという舞台役者をしている女の子と討論をする機会があった。彼女は、「アルバイトのようなお金の稼ぎ方ではなく、短時間で効率よく稼げるギャラ飲みを繰り返すことで、時間を有効活用し、映画を見る時間などに充てている」と自信満々に語っていた。俺は、その言葉に引っかかると同時に、応援したくないなと思ってしまった。

 先の金言を借りるなら、人生に安住する凡人の発想そのもの。“舞台女優で売れる”ことを目指しているからには、当然、安定は期待していないはずだよね。にもかかわらず、合理性を重視している。その高をくくった態度が、鼻持ちならない。芽が出る前の日常は、文字通り、一花咲かせるための肥やしになりえる。

 もちろん、合理的に考えることが悪いとは思わない。だけど、舞台役者や芸人のような不安定な仕事で成功を掴もうとしている以上、まともであればあるほど、その人がつまらなそうに見えてしまうのは何故なんだろう。合理性を求めると、つまらなくなってしまう。折を見て、声に出したい日本語だよ。


“たいしてしたくないこと”こそが合法的狂気の作り方



 例えば、ロールプレイングゲームで考えてみてほしい。物語のスタート地点で、延々とレベル上げをする。ドラクエⅢで言うならば、ずっとアリアハンにいるようなものだ。レベル20まで上げたとしよう。「面白い?」という話だよね。「いや、確実に強くなって進めた方が間違いないっしょ」。うん、面白くはないよね。これはゲームの世界に限った話じゃない。合理性を求めていると、俺たち人間は、こうなってしまうんだ。人生に対して不満を抱いていたり、倦怠感を抱いていたりするのは、自分が合理的判断ばかりしているからなんだ。少しでもいい。非合理的なことをするだけで、日常に狂気という名の薬味がトッピングされると、俺は思う。

 入ったことのないお店に行ってみる、いつもと違う帰り道で帰ってみる……本当は料理と金額が計算できる知っている店に行った方が無難だろうし、最短ルートで帰った方が疲れないだろう。でも、文字面を見ているだけで、もうつまらない。毎日、同じことばかりしているのだから、人生がつまらなくなって当たり前だろう。

 そんな些細な合理性からの逸脱だけでも、日々の景色は変わってくると思う。そこにおかしみを見いだせるようになったら、“なぜ自分はこんなようなことをしなきゃいけないんだ”と思うことをリスト化してほしい。言うなれば、自分にとっての“Bad to Do リスト”を作るんだ。たいしてやりたくないこと。これぞ究極の非合理的行動だと思う。超合法の狂気の宿し方だよ。

 考えてもみてほしい。“好きなこと”って、効率性を度外視して夢中になれることだよね。合理性という“つまらなくさせてしまう原因”に蝕まれていないのだから、好きなことをしている人たちって、面白く見えるんじゃないのかな。でも、全員が好きなものを見つけられるわけではないし、好きなものを続けられるわけじゃない。だからこそ、 Bad to Do リストを作って、実践してみる。少なくても、俺はこの夏から、「なんで俺がやらなきゃけないんだ」ということを定期的に行ってみようと思う。人体実験の結果は、このコラムなどでお伝えするつもりだ。

 もし町で、「徳井、何やってんだ」という場面に遭遇したら、“徳井は狂気を手に入れようとしているんだ”と解釈してほしい。と同時に、町で理解できない人を見たとき、その人はもしかしたらつまらない現状を打破しようとしているのかもしれないと想像してみてはどうだろう。その想像が、すでに理性や合理性とはかけ離れた狂気の第一歩になるような気がする。
◆プロフィル……とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。
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