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自治体首長のコロナ対応、成否を分けたの何か?【鈴木寛の「REIWA飛耳長目録」第7回】

2021.07.12 Vol.743

 前回の本欄で、新型コロナワクチンの大規模接種をめぐる各地の混乱から、日本の行政機構のロジスティック能力が著しく低下していることを述べました。医療従事者と高齢者への接種は順調に進んでいた矢先、今度はワクチン不足により、政府が職域接種を一時中止する事態に。見込みの甘さをまた露呈してしまいました。また行政能力の低下を痛感させられます。

 一方で、少し時系列がさかのぼりますが、各地で混乱が続く中でも自治体によっては首長が見事なリーダーシップを発揮して住民の接種を順調に進めています。私が生まれた神戸市では、久元喜造市長が、神戸生まれの楽天・三木谷浩史会長兼社長からの協力申し出で、ヴィッセル神戸の本拠地、ノエビアスタジアム神戸を大規模接種会場のひとつに設置。市内9か所の集団接種会場と、800の病院・診療所の個別摂取も併せた猛スピード接種により、5月末時点で15万人ほどだったのが、6月に入ってから1か月で40万を超える規模まで増やしました。ここにきて、前述した国のワクチン供給不足のあおりで接種の新規予約を停止しましたが、ひとつの方向性を示したと思います。

 久元市長は私より一回り上の67歳。灘高校、東大法学部の先輩でもあります。自治省(のちに総務省)時代は地方行政に関わり、総務省の自治行政局長などを歴任後、神戸市の副市長へ。8年前に市長に就任されました。地方自治のスペシャリストとしての見識を平時の行政運営だけでなく、このコロナ禍という歴史的有事でも存分に発揮されました。

 千葉市でもコロナ禍が起きた当初から、当時の熊谷俊人市長が国の基準にとらわれずにPCR検査をスムーズに受けられるようにし、病床を確保。SNSで最新の感染警戒情報をわかりやすく伝えるなどし、その名声は県内に広く知られるところに。3月の千葉県知事選では過去最多の得票で圧勝しました。

 久元さんも熊谷さんも、決断力、実務経験、実践力に目を見張るものがあります。とかく、首長は大都市は特にプレゼンテーション能力が注目されがちですが、コロナ対策では実行力、マネジメント力で成否がわかれたのではないでしょうか。国が地方に権限移譲を進めているなかでは、選挙で誰を選ぶのかがますます重要だということも少しは認識されたのではと思いたいのですが。

 

ワクチン敗戦:プロジェクト能力の衰退【鈴木寛の「REIWA飛耳長目録」第6回】

2021.06.14 Vol.742

 医療従事者から始まった新型コロナワクチンの大規模接種が、高齢者対象に移って1か月が経過しました。当初おぼつかなかったワクチンの確保も堅調に進みだしたこともあり、5月中旬以後の追い上げペースは加速しました。本稿執筆(6月6日)時点で、医療従事者のうち対象者のすでに99%超が1度目の接種を終え、7割が2度目も打ちました。そして65歳以上のお年寄り約3500万人のうち、2割弱が最初の接種を済ませています。

 とはいえ、世界的にみれば、ご承知のとおり、日本は先進国のなかでは接種が断トツに遅れており、決してほめられたものではありません。米英などの先行した国々が経済再開を本格化。日本はÍ∑まさに「ワクチン敗戦」の様相で、自国で開発したワクチンを新興国に大盤振る舞いしている中国の動きも含めて、我が国の行く末をただ案じるしかない状況には忸怩たるものがあります。

 それにしても、高齢者接種手続きの不備は残念でなりませんでした。私も80代の父と母が対象者。地元の区から指定された日に、インターネットから予約をすることになっていて、私はその日は時間を空けて両親の予約作業を代わりにやるために自宅に待機。4時間かけて接続を試みましたが、ダメでした。仕切り直しで後日、2回目の予約作業にトライし、3時間かかった末になんとか予約することができました。

 私と同じように、ネットができない老親の予約作業を引き受けても、まともに接続すらできずに苦労した人たちが日本国中、何百万人といたはずです。私のケースでいえば、1回目に殺到してシステムが動作しなくなった時点で、区役所は問題がわかっていたはずです。それなのに改善されないとは、役所の担当者も、システム開発を受注したベンダーの側も、想像力が足りないとしか言えません。これはデジタル的な動きというよりも、リアルでアナログな世界で人がどういう動きをするのか想定が甘い。高齢者の一人の予約を、家族総出で行えば、自宅の固定電話や、本人の携帯だけではなく、息子、娘のパソコンやスマホ、あるいは孫のスマホまでも使う世帯がいるでしょうから、アクセスが殺到するのは火を見るよりも明らかです。

 全国各地でもこのような光景が繰り広げられたのを見ていると、かつて役所にいた者としては、日本の行政機構のロジスティック能力がここまで弱体化したのかという衝撃と同時に、利用者の動きを先読みし、前例のない事案でも綿密な段取りを進めていくプロジェクト能力がいかに不足しているか思い知らされた痛恨事でした。

 

東大文系が数学を入試に出す理由【鈴木寛の「REIWA飛耳長目録」第5回】

2021.05.10 Vol.741

 少し前のことですが、今年の大学入試を振り返る報道のなかで、早稲田大学の受験者数減少が話題になっていました。早稲田は毎年10万人以上が受験してきたなかで、今年は約9万1,000人に減少しました。数学を必修化した政治経済学部の一般入試のほうは、前年比で28%減となる3,495人。報道では早稲田の入試改革に否定的な論調が目につきました。

 しかし、私からすれば「新しい教育様式」に踏み出した、早稲田の大いなる一歩だと思います。7年前、メディアへの寄稿で私は、日本史や世界史でマニアックなクイズのような出題をする早稲田の「知識偏重型」入試について厳しく申し上げたこともありますが、その後、私自身が文科省で入試改革を主導していく中で、いちはやく数学の必修化というかたちで成果をみせてくれたのが早稲田の政経でした。

「ビッグデータの時代なのに、データに関する知識や数学に関する知識がないのは困る」と、時代の変化に対応して改革の決断をされた須賀晃一学部長(当時)に改めて敬意を表すとともに、数年後の就活で企業側の反応が必ず良いものになると私は確信します。

 そのあたりのことは、このほど創刊したニュースサイト「SAKISIRU」ではじまった私の連載第1回でも触れたのでお読みいただきたいのですが、本欄では、東大の文系学部はなぜ2次試験でも数学を出し続けているのかを述べてみたいと思います。

 法学部で学ぶ法律は一見すると、法律の知識を習得することに目が行きがちですが、現実社会で起きる出来事について法的に対応する際、法律の文言を知ってさえいれば済むわけではありません。むしろ杓子定規にいかないことのほうが圧倒的に多い。そうなると、法律の知識をどう運用するかが、実社会では問われるわけなので、論理的思考能力、論述能力があるかどうかが重要です。法律オタクと、大学教授ら専門家との違いはその有無です。

 目の前のケースが複雑化するほど論理的思考能力が要求されます。その下地になるのが3つの力。すなわち難問に取り組む「姿勢(アティチュード)」、投げ出すのではなく別の方法を探してでも粘る「耐性(レジリエンス)」、そして仮説を立てて先を見通す「予測力(アンティシペイション)」です。これらはまさに数学で考える力を身につけるものです。

 もし、本欄を気にして読んでいる私大の文系学部の学生がいて、数学をほとんど勉強してこなかったのであれば、まだ時間はあります。もう受験の結果を気にしてなくてよいのです。改めて勉強してみませんか。社会科学、人文科学、どの専攻でも上述した3つの力があれば分析力がぜんぜん違ってきますよ。            

 

文系、理系「分断」の終焉【鈴木寛の「REIWA飛耳長目録」第4回】

2021.04.12 Vol.740

 

 脳科学者の茂木健一郎さんが4月2日付のブログで「東京大学の中に、新たに、英語で教育・研究をするリベラルアーツ・カレッジをつくる」ことを提案されていました。

 東大といえばこれまで入学の段階で、法学部を主にめざす「文一」、医学部に多くが進む「理三」といった具合に、文科、理科それぞれ三類に振り分けられてきましたが、文系、理系の区別をなくし、入学後に自分で科目を組み立てて、専攻は入学してから決めるように枠組みを変えることを提言されています。

 茂木さんも引き合いにされていますが、イエレン米財務長官らを輩出したブラウン大学では導入済み。日本でも秋田県の国際教養大学などではじまっています。しかも「茂木提言」は、全面的なAO入試による変更を訴えるなど、なかなか先鋭的ではありますが、東大が大改革をすれば日本中の大学の入試、教育のあり方を塗り替える可能性を秘めているのは間違いありません。

 もちろん、茂木さんの提案を実現するのは、容易ではありませんが、2030年代以降を見据えた人材育成の方向性としては全くもって理にかなっています。たとえば文系、理系の「壁」を取っ払うことは私も長年指摘しました。私自身も、東大教養学部で藝術・学術・社会をつなぐコンセプト「学藝饗宴ゼミ」を主宰していますが、まさに文一から理三まで所属しているので、茂木さんの提案に賛同します。

 AIの進化で定型的な業務が代替され、産業や働き方が激変される未来において、技術革新や新しい価値を創造することや、AI、データを駆使することが求められます。そのためには、STEAM(=Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics)や、デザイン思考の習得が必要になります。

 国としてもすでに高大接続改革において、高校における文理分断の解消に乗り出しているわけですから、大学でもその流れを強化し、幅広い教養を身につけて専攻を見定めていく仕組みに変えていくのは当然のことでしょう。専攻とて文系理系にとらわれる時代は終わりです。

 茂木さんが言われるように、物理学と国際関係論をダブル専攻する学生がいていいのです。いま、まさにコロナ禍で政策現場は前例のない、非常に難しい決断を迫られているわけですが、政治的なリーダーは経済学と医学、二つの知見が求められているのをみても、この複雑な時代に何が重要なのか示唆しているのです。

 文理分断の終焉の動きはますます加速しています。これはすでに社会人になっている皆さんにとっても決して無縁ではありません。大学院などでの「学び直し」にもつながってきます。

 

斬新なビジネススクールをプロデュース【鈴木寛の「REIWA飛耳長目録」第3回】

2021.03.08 Vol.739

 

 時折、大手企業の幹部向け研修や社長候補の若手幹部が学ぶセミナーで講師のオファーをいただきますが、近年はあまりお受けしていませんでした。文科大臣補佐官として公職を優先していたことが一番の理由ですが、新任役員や部長級の方々はビジネスパーソンとして、ある意味「完成」されていて、私からあまり申し上げることがないように感じていたことがあります。

 もちろん、特定の社会課題がテーマの時で当該業界の企業幹部の方々と意見交換するのはむしろ大歓迎で私も現場の知見を大いに学ばせてもらっていますが、いわゆるビジネススクールのような社会人向けの学校、それもリーダー層向けでの講師経験が多くないのは確かです。

 もともと大学教員として大学生や大学院生と学び語らい、あるいは社会創発塾で20代の社会人の皆さんと実践的課題を討議しているように、若い人と学びの場を構築・実践していく方が得意かもしれません。そして、私が主宰する学びの場では、プロジェクトベーストラーニング(PBL)を取り入れています。

 PBLは、現実の課題の解決策を調べ考え抜くものなので、絶対的な「正解」があるわけではありません。ビジネススクールでも現実の企業のスタディケースを使って学びはしますし、討論も取り入れて一つの正解にこだわらずに思考法の訓練はしますが、少なくとも大手企業の幹部クラスの40代後半〜50代のベテランの方々にとっては「今更」と感じる部分も多いのではないでしょうか。

 しかし、このほど企業幹部向けに新たな試みをやってみることにしました。5月に開講する「アゴラ・サーバントリーダーシップ・ビジネススクール」では、3つあるクールの第2クール(今夏)で、私自身がカリキュラムから講師陣のキャスティングまで全体をプロデュースできるとあって、これまでにない「オトナのビジネススクール」にします。

 日本経済が「失われた30年」に突入したのは、企業の新陳代謝による活性化に乏しいこともありますが、既存の大手企業が新風を吹かせる天才的な若者たちとのコラボレーションが足りないと長年感じていました。そこで今度のスクールでは、10代から活躍している私の教え子の起業家たちのプレゼンを聞いて意見交換や討論などを展開しようと考えています。

 良くも悪くも、歴史のある企業が幅を利かせているのは日本経済の現状です。ただ伝統的な大企業にはリソースがあります。企業の内部留保は475兆円と8年連続で過去最大を更新中。これをいかに若い才能への投資に振り向けるか。新しいスクールが、ベテラン役員の皆さんをインスパイアさせ、投資の目利き力を鍛える一助にしたいと思っています。

(東大、慶應大教授)

日本橋が「社会リノベーション」の発信源に【鈴木寛の「REIWA飛耳長目録」第2回】

2021.02.08 Vol.738

 農業や食に関わるビジネスで女性起業家の活躍が注目されています。私のゼミのOG、長内あや愛さんもその1人。2年前、慶應SFCを卒業するタイミングで、日本橋に「食の會日本橋」というレストランを創業しました。

 提供するのは「復刻料理」。福澤諭吉や渋沢栄一が食べたものはどんなものだったか、往時のレシピや食材を研究してきた成果をもとに考案したメニューが並びます。中学生の頃から「14歳のパティシエ」というブログを書き続けるなど、食への探究心は人一倍。SFCを卒業した後は慶應大学院の政策・メディア研究科で学び、今も事業の傍ら、食文化を追究。大学院でも、彼女は私のもとで修士論文をこの1月に書き終えたばかりです。

「福澤諭吉先生が食べたお菓子」も研究テーマの一つ。福澤は江戸末期、幕府使節団の通訳として二度の渡米、一度の渡欧をしています。福澤が要人同士の会談に随行し、訪問先からおもてなしを受ける際に出てきたのが洋菓子です。

 長内さん曰く、お菓子というのは「非日常を演出し、人間にとって栄養価の高いもの」。お菓子を楽しんだ福澤たちは、当時最先端の西洋文化に触れ、のちの日本の近代化に身を投じていったことを考えると、お菓子ひとつとっても、歴史的ストーリーを感じさせます。

 長内さんが店を構えた日本橋は、以前から私にとっても重要拠点の一つでした。2016年にはライフサイエンス領域のイノベーションに取り組む人たちの拠点や人的交流を進める場として、「ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン」(LINK-J)を立ち上げました。ここをハブにするように、日本橋エリアでは300社以上の関連ベンチャー、スタートアップが活躍するまでになってきました。

 日本橋は長内さんにとって「食文化の聖地」。コロナ禍で大きな試練に見舞われながらも、老舗の多いこの街に新しい風を吹かせようとしています。そして、日本橋本町は江戸開府以来、薬屋が商いをし、いまも製薬会社が拠点を置いています。伝統ある「くすりの街」で、私や教え子たちが関わってきたLINK-Jが先進的医療の歴史をこれから作ろうとしています。

 折しも、日本橋の頭上を通っていた高速道路の地下化への動きが加速しつつあります。街づくり、食、医療…あらゆる分野で日本橋エリアがその伝統的リソースを礎に、日本社会に新しい付加価値を提案する「社会リノベーション」の発信源になろうとしています。
          
(東大、慶應大教授)

コロナ時代にも生きる吉田松陰の真髄【鈴木寛の「REIWA飛耳長目録」第1回】

2021.01.11 Vol.737

 あけましておめでとうございます。本年より連載名を新たに「REIWA飛耳長目録」と題し、社会や人生の「難問」に向きあう方々のヒントになると思うことを綴っていきます。

 さて新しい連載タイトルの由来の話から始めましょう。「REIWA」は言うまでもなく「令和」。では「飛耳長目録」とは何でしょうか。ご存知のかたは幕末の歴史にかなり精通されていますね。

「飛耳長目」とは、吉田松陰が松下村塾で学ぶ若者たちに新しい時代の動きや情報を収集することの大切さを説いた言葉です。現代風にいえば、飛耳長目はインテリジェンス、飛耳長目録は見聞をまとめたレポートといったところでしょう。

 なぜ、松陰はインテリジェンスの意義を若者たちに唱えたのでしょうか。松下村塾は、高杉晋作、伊藤博文ら幕末維新の英傑を続々と育てたことでおなじみですが、現代の大学でいえば、各界のリーダーを着実に輩出し続ける“超名門ゼミ”。

 もう四半世紀以上前のことですが、私は通産省から山口県に赴任し、松下村塾などの松陰の足跡に触れたときから、ゼミとしての松下村塾の成功要因をずっと分析し続けてきました。やがて、この「飛耳長目」に秘訣があるように思い至りました。松陰は若い頃、異国の船が日本近海に出没するようになった情勢を受けて、日本各地の海防体制を見聞して回りました。

 これは私の推測ですが、人間は歩く間にさまざまな物事を考えます。あるいは同行者と語らい、議論をして思索を深めます。それまでに書物で学んだ知識を自らの血肉にし、さらに旅先で新しい情報に触れて思考をアップデートし、自らの見識を磨き続けたわけです。百聞は一見にしかず。松下村塾での松陰の“教授”としての実働期間は数年に過ぎませんが、事細かな知識を教え込むよりも、生き様を示し、国の未来を憂う若者たちのハートに火をつけたのではないでしょうか。

 古典を含めた圧倒的な教養と、津々浦々で見聞した最新情報で思考を究め、自分なりのビジョンを形成し、その実現に向けて邁進する――これこそ、のちに時代を変えた若者たちを送り出した、松陰のイノベーター養成者としての真髄だったのだと思います。

 異国船の登場で武家社会が根底から揺らいだ幕末。不確実な世界の展望を拓こうと、自分で見聞きし、自分の頭で考え続けた松陰や若者たちの流儀は、コロナ禍に直面する私たちに大いなる示唆を与えてくれます。 
         
(東大・慶応大教授)

難問に向き合い続ける時代の人づくり【鈴木寛の「2020年への篤行録」最終回】

2020.12.14 Vol.736

 この度、国立福島大学の学長特別顧問に就任しました。福島大学は、国が現在計画している福島県沿岸部の「国際教育研究拠点」づくりに際して、国内外の知恵と人脈を集結し、地域を結びつけるハブとなります。この構想の実現・発展に向けても、三浦浩喜学長のお力になりたいと思います。

 東日本大震災の時、私は文部科学副大臣でした。震災後、OECDが子どもたちの教育を通じた復興サポートとして「OECD東北スクール」プログラムを構想した際、私が日本側の窓口として後押しをいたしました。このプログラムは、地域の復興を担う人材とグローバルで活躍する人材を育成することが目的で、福島大学が事務局を担っていただき、この時、三浦先生をはじめ、大学のみなさまから多大なご尽力をいただきました。

 OECD東北スクールは2012年3月、約100人の中学生・高校生が東北各地から集結。2014年8月、OECD本部のあるパリにて、東北の復興を世界にアピールするイベントを開催・成功させるという空前のプロジェクト学習でした。そして「復幸祭」と銘打ったイベントは2日間で15万人が来場する大成功でした。

 このときの日本の高校生の各国の大使や大臣へのプレゼンテーションが共感を呼び、「OECD教育2030プロジェクト」につながります。国内でも「地方創生イノベーションスクール」構想に引き継がれ、福島県立ふたば未来学園も創立され、未来創造探求の先進校になっています。
 子どもたちにとって学びの核心となるのは、緊張とジレンマを克服すべく苦闘して身につけた経験と自信です。これが、まさに大人になって、「正解」も「前例」もない、難問ばかりのいまの世の中に巣立っていった時、それぞれの強みになります。

 東北、福島は震災のあと、高齢化や医療過疎といった問題が顕在化してきました。そして今年のコロナ禍にあって、東京、日本全体も高齢化、デジタル化の遅れといった難問が噴出しました。

 いまの大学生の世代は、令和の時代を担い、22世紀への道を作っていくことが使命である一方で、そうした難問から逃げずに粘り強く向き合い、「解」を考えねばなりません。教職員も、当事者の一人として背中を見せ、若い人たちに何かを感じ取ってもらう必要があります。福島で学びのカタチをつくり、東京、日本、世界へ発信する…。私もその一翼を担う覚悟です。

(東大・慶応大教授)

■本連載「鈴木寛の2020年への篤行録」は今回で終わりです。7年の長きに渡り、ありがとうございました。1月からは連載名を新たに「鈴木寛のREIWA飛耳長目録」と題してお送りします。

「学びのデジタル化」が生む、新たな価値【鈴木寛の「2020年への篤行録」第85回】

2020.11.09 Vol.735

 この連載は「2020年の篤行禄」と銘打ち、7年間続けてまいりました。連載を始めた頃の「2020年」といえば、言うまでもなく東京オリンピック・パラリンピックの開催イヤーです。

 私もそれを念頭に置いた上で、「祭りのあと」にこそ日本や東京が直面する試練は本番を迎える、では、年々複雑化する社会課題にどう向き合っていくべきか、私が知る限りの「篤行」(人情に厚い誠実な行い)を綴ることで、読者の皆様のご参考に少しでもなればという思いで書き続けてきました。

 その2020年も残り2か月。まさか「祭り」の開催そのものが宙に浮くとは夢にも思いませんでした。原因となった新型コロナは、私たちがこの7年、意識し続けてきた「祭りのあと」の社会課題を一気に可視化しましたが、大学教員として私が否応なしに向き合ったのが学びのデジタル化です。

 長年、学生たちと新しいツールを活用しているつもりでしたが、慶應SFCの新学期早々、私の「公共哲学」の講義を、それも1000人規模の受講者がいるのをオンライン化するのは、もはや「社会実験」でした。ZOOMの代理店を務める企業、技術に明るい講師、助手たちの力も借りながら、私にとっても一大挑戦です。

 当初から私が意識したのは、大教室のオフラインの講義をそのままネットに持ってこないこと、逆にオンラインだからこそできることを追求しました。例えば双方向性をいかに持たせるか。もちろんネット時代の当初から言われてきた課題ですが、リアルタイムでのチャット機能やアンケート機能が充実したサービスが登場し、学生の“コミット感”は間違いなく高まりました。

 ご承知の通り、私の教育方針は、既存のモデルに捉われず、学生たちが自ら「道無き道」を突き進み、新たな道を築き上げるように鼓舞することです。このオンライン講義に当たって、すずかんゼミでは、有志が授業設計部を立ち上げ、各種ツールの有効な活用法などを企画し、学びの場をより実りあるものに設計するように努力してきました。

 従前のリアル講義にない新しい価値を築けたと思いますが、学生たちの行動力、発想力を磨く良い契機にもなったと思っています。学内でもオンライン講義の先進事例としても高く評価をいただき、ZOOM本社のCEOからも「先進ユーザーとして、改良のための意見を聞かせてほしい」とご要望いただき、声をお届けしました。試練を糧に変えた経験と自信を学生たちが培ってくれたことが最上の喜びです。   
        
(東大・慶応大教授)

ポスト安倍時代:教育財源はどう確保する?【鈴木寛の「2020年への篤行録」第84回】

2020.10.12 Vol.734

 前回のコラムでは、安倍政権の歩みを教育行政の観点から振り返りました。幼児教育の無償化、私立高校の無償化、低所得者世帯向けの大学無償化という一大業績を残しましたが、いずれも数兆円規模の大型投資を伴いました。

 しかし、総理が交代し、コロナ対応でも財政出動が続きます。少子化と高齢化で教育への公的投資がますます厳しくなって行く中で、次世代を育てるための財源はどう確保すればいいのでしょうか。

 ポイントは、いかに現場に近いところで「再配分」するかです。まず一つは「営利」での民の力です。これまでの民間の営利教育は、塾などをみればわかるように利用する側の経済力の格差が課題でした。もし、塾などの事業者側がソーシャルビジネス的な発想を取り入れて、低所得者世帯向けの割引を行うとどうでしょうか。

 これは民間事業者の努力だけではもちろん難しいので、行政側も積極的な事業者を減税で支援したり、大阪市のように塾通いのクーポンで家庭を応援したりすることが望ましいですが、それ以上に必要なのが民の力。投資やクラウドファンディングなどを通じて事業者を応援するような社会全体の意識改革です。突き詰めれば、お子さんがいない8割の家庭が、お子さんのいる2割の家庭を「未来」のためにサポートできるかどうかです。

 もう一つの民の力は「非営利」部門です。

 子どもたちの学習支援を通じて将来の格差をなくそうというNPOが各地で頑張っています。

 また、学校への支援は勉強だけではありません。地域住民にもできることがあります。その基盤となるのが、地域社会が学校運営に参画するコミュニティスクールです。導入から15年以上経ちますが、全国の小中学校などの2割にあたる7600校にまで広がっています。

 こうした学校の中には、ボランティアの市民がコロナの危機で力を発揮したところもありました。校内の消毒を市民が手伝い、一時休校の折にはITコーディネーターが、家で使っていないパソコンをかき集めてオンライン学習を下支えするといったこともあったそうです。

 そうした民の力を糾合できる首長の存在も極めて重要です。都内では渋谷区の長谷部健区長が、小中学生の家庭の通信費を補助するなどオンライン学習の普及で一際冴えた手腕を見せました。

 公的な制度な枠に基づきながら、民の力をいかに活用して再配分するか。コロナ禍を機に創意工夫がさらに問われます。

(東大・慶応大教授)

安倍政権が健闘した教育投資と限界【鈴木寛の「2020年への篤行録」第83回】

2020.09.14 Vol.733

 安倍総理が持病の悪化を理由に退任を表明されました。8年近くの長期政権にあって、私自身も約4年間、文科省で、下村、馳、松野、林の各大臣の下、大臣補佐官として数々の改革に携わる機会を得ました。

 二度目の安倍政権は、教育面でも大学改革、英語教育改革、教育委員会制度見直しをはじめ、歴代の政権と比べても多岐に渡る施策を実行しました。それをもたらした教育再生実行会議を官邸に置き、官邸主導によるトップダウンの意思決定が非常に強かったことも特徴に挙げられます。

 安倍政権は、幼児教育の無償化、私立高校の無償化、低所得者世帯向けの大学無償化という一大業績を残しましたが、毎年2~3兆円規模もの予算確保が必要な、これらの施策を実現できたのも、官邸の強い力があって財務省を動かすことができたからです。

 霞が関では文部省の時代から大蔵省のほうが伝統的に力関係で強く、教育予算を確保しようとしても、年々悪化する財政難と高齢化という二つの壁を前に苦戦を強いられてきました。安倍政権の官邸主導スタイルには色々な評価はありましょうが、総理個人の教育改革への強い思いと、それを具現化するガバナンスの仕組み作りが数々の壁を打破したことは確かです。

 残念ながら道半ばに終わった取り組みもありますが、安倍政権が終わってしまうと、教育への公的投資がこの8年間のように継続できるかといえば難しいと言わざるを得ません。

 振り返ればこの長期政権は好調な経済に支えられました。政権初期のアベノミクス政策で持ちなおした景気は、戦後最長クラスの6年間も持続し、税収はバブル期並みの63兆円にまで伸びました。経済基盤が安定しないと投資への意欲はわかないものです。

 しかし、その景気がしぼみはじめた矢先、コロナ禍に見舞われました。4~6月期のGDPは3四半期連続のマイナス、年率換算で戦後最悪の27.8%の落ち込みとなりました。飲食、観光を筆頭に多くの産業が大打撃を受け、景気の急激な悪化による税収減は必至です。加えて過去にない規模での財政出動をすでに強いられている中、投資への余力が削られています。次期政権からの教育予算編成は年々厳しくなります。

 教育への公的投資が行き詰まりを見せる中、次世代を育てるための財源はどう確保すればいいのでしょうか。来月のコラムは“ポスト安倍”時代の教育投資のあり方について展望します。

(東大・慶応大教授)

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