行定勲監督 映画『劇場』恋をしたことがあるすべての人、かつて夢を追いかけたすべての人へ

映画『劇場』監督・行定勲 インタビュー
 東京・下北沢を舞台に、演劇の夢を追う男女の恋愛を描く、芥川賞作家・又吉直樹初めての長編恋愛小説『劇場』。純文学としては異例の累計50万部を超えるベストセラーとなった。人気作の映画化にあたり指揮をとったのは、『世界の中心で、愛をさけぶ』『ナラタージュ』など、数々の恋愛映画で観客の心をつかんだ行定勲監督。新たな挑戦作になったという本作やキャストについて、さらには芸術界の今について、自らの思いを語った。
行定勲監督(撮影・蔦野裕)

描きたかった「人間の甘えと愚かさ」



 作家・又吉直樹が『火花』で芥川賞を受賞する前から書き始めていた、彼の原点ともいえる小説『劇場』。「恋愛が分からないからこそ、書きたかった」と語る又吉の思いを、見事に具現化し、スクリーンに映し出したのが行定監督だ。本作は、数々の恋愛小説を日本映画界に届けてきた行定監督の真骨頂といえるかもしれない。

行定勲(以下、行定)「この作品の監督は、僕のほうで立候補したんです。読み終わった後に“これ、やりたい”と。僕は舞台の演出家もしているんですが、読んでみると、どの場面も身に覚えのあるシーンばかりで、分からないことがないくらい。映画監督がこうした個人的な出来事を映画化できることって少ないので、これだったら、まるで自分のことのように、どこかで自分の愚かさや懺悔を含めて、手に取るように分かる物語を作れるのではないかと思いました」

 行定監督が描いたのは、若い男女を通して見える「人間の甘えと愚かさ」。劇作家の主人公・永田は演出家として、社会人として、世間の厳しい評価と対峙する。理想と現実の狭間で葛藤する姿には、同じく映画界・演劇界の作り手である自身の経験を重ねていた。

行定「僕は自分のことを名監督だとは、ちっとも思いません。褒められていることをハナから疑っている。評価されても今だけのことと信じないような偏屈なところがある。“どう? 天才でしょ”って、にこにこして胡座が組めるくらいの大きな人間になりたいとも思っているけど、正直そうはならないし、大抵、どんなに才能があっても、認められてても、絶対満足しないし、人のことを羨ましく思うんですよ」

「そうした中で、自分の最愛の人をも傷つけてしまう。人に対する甘えですよね。一番理解してくれる人を裏切ってしまうというのは、作り手なら誰もが感じるところなんじゃないでしょうか。もちろん作り手だけでなく、男女によくあることですよね。もともとは幸せにしたいとか、かっこよくありたいとか、子供の見本となる父でありたいとか。みんなそれが常にあるけれども、向上心のスイッチが違う方向へ入ったりすると、人を傷つけてしまう。恋愛劇の何にも代え難いと思うのは、そうした甘えと愚かさ。かなり辛辣なラブストーリーだけど、人間みんなが経験していることが、この映画に詰まっているんです」




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