カンヌってなんだ?!入門ガイドつき映画祭最新レポート!

肝心の映画の話を忘れてはいけない。ジュリエット・ビノシュが審査委員長を務めた今年のコンペ部門では、前作『TITANE/チタン』がパルム・ドールに輝いたジュリア・デュクルノーや、ウェス・アンダーソン、リチャード・リンクレーター、ダルデンヌ兄弟、リン・ラムジー、アリ・アスター、ケリー・ライカルト、早川千絵といった監督たちの新作がお披露目された。僕の今年のカンヌのベスト・ムービーは、ヨアキム・トリアーがベテラン映画監督と女優の娘の複雑な関係を描いた珠玉のドラマ『Sentimental Value(原題)』だが、同作は見事グランプリに輝いた。この作品は来年の賞レースの中心になるだろう。リンクレーターがゴダールの『勝手にしやがれ』製作の裏側を描いた白黒ドラマ『Nouvelle Vague(原題)』も秀逸だったが、レッドカーペットにはリンクレーターの盟友クエンティン・タランティーノも登場し喝采を浴びていた(タランティーノは別の日に『サブスタンス』の監督コラリー・ファルジャや『裸足になって』の監督ムニア・メドゥールと対面していた)。パルムドールを受賞したジャファル・パナヒ監督の『It Was Just an Accident(原題)』は、観るチャンスはあったが結局見逃した。
ある視点部門では、スカーレット・ヨハンソン、クリステン・スチュワート、ハリス・ディッキンソンという3人の人気俳優の監督作がそれぞれ上映されていたが、僕はどの作品も観ることはなかった。そういえばある日ディナーをしようと思いレストランを探していたら、ある店でクリステン・スチュワートが食事をしていた。映画祭期間中はスターに遭遇する機会が少なくないが、他にも記者会見会場の外を歩いていたらウェス・アンダーソンやビル・マーレーが目の前に現れたり、リュミエールなどの劇場や数多くのブースが入っているメインの建物パレに入ろうとしたら、どういうわけか裏口に辿り着き、リムジンから身重のリアーナが降りてきて目の前を通り過ぎていったことも。メインストリートを歩いていたら是枝裕和監督とすれ違ったこともあった。
コンペ以外の部門では、今年は監督週間に驚かされた。近年はスロウでアート色の強すぎる小ぶりな作品が目立ち、途中で退席せざるをえないことが多い危険地帯だったのだが、今年はジャンル映画が一気に増加。オーストラリアのホラー『Dangerous Animals(原題)』、ポーランドのフォーク・ホラー『Her Will Be Done(原題)』、中国のサイコ・スリラー『Girl on Edge(原題)』など良質な作品が目立った。他にも、クリスティアン・ペツォールト監督のスリリングなドラマ『Mirrors No. 3(原題)』にも唸らされた。
批評家週間は、僕がカンヌに初参加した2016年に、ジュリア・デュクルノーのセンセーショナルなデビュー作『RAW 少女のめざめ』をオーディエンスの凄まじい熱狂と盛り上がりの中で体験した思い出深い場所だが、掃除機に取り憑いた女幽霊が主人公のタイの幽霊ホラー・コメディ『A Useful Ghost(原題)』が見事グランプリを受賞。今、旬な女優アナマリア・バルトロメイ主演の病院を舞台にしたドラマ『Adam’s Interest(原題)』や、ショーン・ベイカーがプロデュースと編集と共同脚本を担当した台湾を舞台にしたユニークなドラマ作品『Left-Handed Girl(原題)』など個性的な作品が上映され話題を集めた。
今年のカンヌは連日好天に恵まれ、暑すぎることもなく快適な日々を過ごせたが、帰る日に嵐に見舞われた。この影響でニース空港に到着したら、予定の出発時刻から1時間後に突然パリまでのフライトがキャンセルになり、急遽6時間後の便のチケットを取り直すことに。まあでも、海外旅行にトラブルはつきものなので、それも込みということで。ちなみにニース空港で俳優のマッツ・ミケルセンとすれ違ったが、帽子をかぶってかなり地味な出立ちだったため、誰にも気づかれていなかった。やるな、マッツ。
取材・文・写真:小林真里(映画評論家/映画監督)