【平成昭和物語 半世紀前の渋谷を想う ~神泉・千羽~】ファミリーの街から若者の街、そして一坪2000万円の街へ 変貌し続ける街「渋谷」

 変わりゆく東京の景色。同じ場所で、今昔を見続けた人にしか分からない、その街の移ろいがあるのであれば、訊いてみたい。

 渋谷区神泉町にのれんを掲げる「串焼き 千羽」は、約40年間、神泉、渋谷を見続けてきた知る人ぞ知る名店だ。主人の酒井健次さんは80歳を越えた今なお、 奥さんである女将・貞子さんとともにお店を切り盛りし、包丁を握り続けている。

 二人の眼には、渋谷の半世紀の変移はどう映ったのか――。当事者だからこそ語れる渋谷の変貌を伺った。
渋谷のスクランブル交差点(Richard A. De Guzman/アフロ)
「千羽は、平成15年までは神泉仲通りにお店を構えていたんだけど、その頃の仲通りは普通の商店街だったの。今は、お洒落な飲食店が増えて、その面影はあんまりなくなっちゃったけど」

 と、教えてくれるのは女将・貞子さん。生まれも育ちも神泉という生粋の渋谷区住人だ。昭和54年に開店した「千羽」。しかし、二人のなれそめは、東京オリンピックが開催される1964年以前にさかのぼる。渋谷をはじめ、新宿や六本木などの繁華街にデートに行くことも多かったという。

「新宿はディスコが多かったけど、当時の渋谷は、キャバレーやダンスホールが多かった。お店に入ると、ダンスを踊れる女の子たちがいて、男性はお気に入りの女性と踊るの」(貞子さん)


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