【徳井健太の菩薩目線】第20回「謹慎はタンス預金のようなもの  第三者に対して必要なことは、謝罪ではなくて誠意だよね」

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第20回目は、謝るべき相手との関係性、謝罪のマッチングついて、独自の梵鐘を鳴らす――。



 第3回目のコラムで、「許され方は問題を長期化させないための一つの努力」と書いた。自分なりの止血方法を用意しておくだけで、大分、人との接し方が楽になると思う。

 俺自身は、プライドが邪魔をして謝ることに抵抗を覚えるようなことはないから、謝れるときに謝っておく。というのも、この国は異様な謝罪大国。とりあえず謝れば虫の居所が悪かった人の機嫌も直りやすくなる。裏を返せば、異様なプライド大国のように映るんだよね。

 謝ってほしい人って、自分のプライド的な視点から謝罪を要求する人が多い。俺は先述したように、プライドがないから謝ることができるけど、謝る側にもプライドがある場合、永遠に平行線のまま。そんな無意味なことはないから、俺は嫌なことがあっても、相手に謝罪を求めない。なぜならプライドがないからね。

 そもそもの話だけど、よく考えてみてほしい。謝ったからって一体何の足しになるのかって。「とりあえず謝ってほしい」みたいな文化があるから、俺は抵抗なく謝るけど、謝罪に対して「とりあえず」ってモチベーション……それもおかしな話じゃないのか、と。これって、本当に謝罪をするべき関係性なのかな。

 昔はよく、「謝って許されるのなら警察はいらない」なんて言われていた。今ではあまり耳にする機会もなくなり、度重なる謝罪会見よろしく、「とりあえず謝っておいた方がいい」という風潮にシフトしているように思う。そして、しばらく“謹慎する”、ここまでが昨今の謝罪のトレンドだよね。

 繰り返すけど、関係性がないのに、「謝ったところで一体何の足しになるの?」って話。俺は、「謝らなくていいから、その分、挽回して損失を補填するプラスを生み出してください」としか思わない。芸能人が何かをやらかしたとして、本来は当事者に謝れば済む話なのに、なぜか第三者である“世間”にまで謝罪する。第三者に対して必要なことは、謝罪ではなくて誠意じゃないの?

挽回する気のない奴の謝罪が蔓延する地獄

 迷惑をかけたかもしれないけど、「あの人、頑張っているよね」と伝わることが大事であって、公の場で「とりあえず謝っておく」ことって、そんなに重要なのかな。挙句の果てに、“謹慎”をする。謹慎をするってことは、第三者に対する誠意を極めて見えづらくするだけ。近しい人には伝わるかもしれないけど、ほとんどの人には何をしていたのかよく分からないまま時間だけが過ぎ去る。俺から言わせれば、謹慎はタンス預金と同じ。世の中を全然循環させていない。

 やらかしたことに対する誠意を“見える化”することが大切なのに、わざわざ“見えない化”させてしまったら、途方もなくなるだけ。家で謹慎しているなんて、気がどうかしているし、気がおかしくなっちゃうよね。日本社会は謝罪大国に加え、「臭いものに蓋をする」という傾向が強い。謹慎とは名ばかりで、蓋をしているだけ。その中で腐ってしまわないように、誠意を視認化できるように動いてみることが大事だと思う。これは芸能人に限った話じゃなくて、全員に言えること。蓋をされそうなときほど、見える化のためにあがこうじゃないの。

 これからは、“謝ってほしいという人をいかになくしていけるか”が問われてくるんじゃないかな。相変わらず謝罪を求める人がいるのなら、何も変わらない。「謝るくらいなら挽回しろ」「謝るくらいなら誠意を見せてみろ」でもいいから、“単に謝るだけで(とりあえず)終了”の地獄から抜け出してほしい。

 謝罪のマッチングができていないんだよね。本当に謝るべき人には謝るべき。ところが、俺みたいにプライドがないから謝る人や、そもそも謝罪を望んでいない人、謝るべきではない人もいる。その区別を放棄しているから「とりあえず謝る」に結びついている。仮にその区別をせずに全方位に向けて、自発的に何かをするのなら“誠意”を見せる方がいいと思うの。そういう意味では、謝罪とは違うけど、2017年に7年ぶり7回目の引退を行ったプロレスラーの大仁田厚はすごいよね。この行動力は、謝罪の場でも応用できるんじゃないのかな。正直だもんね。

 「謝ってくれたら許す」という人も少なくないと思う。結果的に許すのだから、根は優しいと思いたい。でもさ、大切なのは、どう挽回するかだと思うの。挽回する気のない奴の謝罪と、なぜかそれを聞いて満足する奴。このマッチングが成立している限り、世の中は地獄化するばかりだよ。

※徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です

◆プロフィール……とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。