ミュージシャンで小説家 WEAVER河邉徹が語る「この時代に僕が物語を届ける意味」

一つひとつの質問に時に考え、時に笑顔を交えて丁寧に答える河邉
 「作品を書き上げた」と思えた瞬間はいつでしたか?

河邉「今回は最後の一行まで思いついた時に、『ああ、この物語はやっと完成したな』と。前半に出てくるひとつの山場となるシーンや中盤から後半にかけて人の動きが激しくなるシーンも、『ここはいいな』『ここが好きだな』と思って書いているんですけど、物語を終わらせるのは一番大変なことなので、最後の終わり方が決まった時にはとにかく『良かった』という感じでした。

『こんな世界観を描きたい』『こんなことを伝えたい』というものを書き始めるのは意外と簡単なんです。どう終わらせるかが難しいので、最後の一行を思いついた時にようやく『これで終われる』と思いましたね」

 本文中に〈街自体に大きな変化があったわけではないが、やはり人の心に大きな変化が訪れているようだった〉とありますが、奇しくも新型コロナウイルスで世界中が同じ体験をしました。この時代に作品を送り出す意味をどのように考えていますか?

河邉「社会情勢が大きく変わる時には、自分の存在意義を問うこともあると思うんです。僕の場合はミュージシャンですが、これまで当然のようにやってきたツアーやライブが急にできなくなった。この状況が当たり前になっていく感じがすごく怖くて、『自分はいなくても良かったんだ』という感覚に陥ってしまったり。もちろん書いている時は今の状況を想像もしなかったですけど、この物語の主人公は『自分はどうして存在しているんだろう』と考えていて、そのうえで最後にはひとつの答えを導き出します。そんなふうに、この物語を通じて自分の存在意義について考えている人に対して勇気づけられたり、力になれたりすればいいなと思います。

 自粛期間中は、ミュージシャンで小説家でもある自分だからこそ作れる作品があるんじゃないかとぼんやり考えていました。小説という形で思いを伝える力が少しずつついてきたので、何かアウトプットできたらいいなと思って小説の種になるようなもの、こういうことが書けたらいいなということをずっと考えていましたね」

 最後に今後、河邉さんが執筆したいテーマを教えてください。

河邉「前作の『流星コーリング』ではWEAVERの音楽と合わせて楽しめるという、これまでにない読書体験をしてもらえる小説を作りました。音楽と物語の組み合わせは新しいコンテンツになっていくと思うので、そういう作品にはぜひ取り組んでいきたいです。あと、いつかはミュージシャンの話を書いてみたいと思っています」

 AIロボットと人間が共生する近未来を描きながら、生きていく意味や「心」「愛」とは何かといった普遍的なテーマを掘り下げた小説『アルヒのシンギュラリティ』。リズム感のある文体で丁寧に紡ぎ出された物語の先に、主人公の少年・アルヒが下したある決断は、読み手にも「自分ならどうするか」という問いを突きつけるだろう。

(了)

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