EPICURE オーナーシェフ 藤春幸治さん「これからの日本の食に“おいしい”の 一つ先にある多様性を」

 流行に敏感なグルメの人だけでなく、ベジタリアンやヴィーガン、ハラール、アレルギーの人や糖質や塩分を控えたい人まで、みんなが同じテーブルで自分に合った美食を楽しめたら…。そんな理想を実現した元麻布のレストラン「EPICURE(エピキュール)」。オーナーシェフにして「ケアリングフード」の第一人者・藤春幸治氏が語る、飲食店の新たな価値とは。

EPICURE オーナーシェフ 藤春幸治さん(撮影:蔦野裕)
藤春幸治(ふじはる こうじ)有名外資系ホテル、海外などで料理人としての研さんを積んだのち株式会社Wisteriaを立ち上げ、新たな食文化の概念“ケアリングフード”を創案する。2014年、元麻布にレストラン「EPICURE」をオープン。飲食店プロデュースや大手企業の商品開発監修、プロモーションも手掛け、医師や大学など多方面の専門家とつながりケアリングフードを広めている。
 

日本に食のユニバーサルをもたらす“ケアリングフード”の第一人者

「ずっとシェフとして働いていましたが、実は独立して店を開くつもりはなかったんです」と振り返る藤春氏。

 国内外の有名店で評価されてきたが、2011年に健康志向の料理や食品を提供するために起業。

「糖質や塩分、アレルギーなどに配慮した、おいしくて健康的な料理を全国どこにでも届けられないかと思い、起業して“美食家”を意味する“エピキュール”の名で商品の開発やプロデュースを始めました。この店は、そのコンセプトストアとして作ったものなんです」

 起業の背景にはシェフとしての葛藤があった。

「料理長まで勤めながらも、自分は料理人としてどう生きるべきか方向を定められずにいたんです。そんなころ伯父がアメリカで料理人をしていることを知り、会いに行きました」

 その伯父とは、ザ ビバリー・ヒルトンの総料理長を務めアカデミー賞や大統領就任式で腕を振るったスーパーシェフ杉浦勝男氏。

「その伯父が作る料理というのが、コンセプトを究極まで追求した料理なんですが、ジャンルを超越した伯父の料理にも、その料理を高く評価するアメリカの食の多様性にも、大いに刺激を受けました。日本の食はすごいと言われますが、現代的な多様性という視点で見るとかなり遅れていることにそのとき気づいたんです。アレルギーやヴィーガン、ハラール、グルテンフリー、低糖質など、実際にはさまざまな食の制限や理念を持つ人が日本にもいるのに、当時、食のユニバーサルにほぼ対応できていなかった。そこで自分で“ケアリングフード”と名付け、その概念を広めていこうと思いました」

 医学や栄養学の専門家とつながり、科学的な視点も交えフードを開発。

「ドクターは医学が専門、管理栄養士は栄養学が専門、料理人は料理が専門。僕が目指す料理は、その3つを融合させなければいけない。専門家たちとディスカッションを重ねる中、浮かび上がってきたのが、食の“継続”と“選択”の重要性でした。健康食も継続することが大切ですし、食の好みや背景によって選択できる多様性も必要。ケアリングフードを広めるうえでも、この“継続”と“選択”を念頭に取り組んでいます」

 しかしいまだに“特別な事情を持つ人の食事”ととらえられることも。

「アレルギーの人がますます増えており、健康的な食生活やSDGsへの意識の高まりによってマーケットは今後さらに広がると思います。僕もよく、ニッチなマーケットだと言われました。でもアレルギーのお子さんが安心して食べられるメニューがあれば家族みんなで来てくれる。いろいろな食事情を持った人が一緒にテーブルを囲める店なら、より幅広いグループ客に対応できるんです」

 エピキュールのホームページには“日本食”などのカテゴリーから “ヴィーガン”などの理念や志向、“5大アレルギー”“糖質〇〇g以下”などの制限まで、対応できるバリエーションが表記されている。

「一般的なレストランではオペレーション上、カスタマイズメニューを提供するのは無理だと言われます。それは“ヴィーガンの人に対応すれば他の人からもいろいろな要望が出て、全部対応するなんて不可能”と考えてしまうから。エピキュールの場合は、現在の食事情でどんなことが求められているのか把握しており、5〜6割のベースができているから対応できる。ヴィーガン食をご希望ならそのベースに加え、理由が動物愛護なのか、病気や健康なのかといった予約時のヒアリングを反映し、あとはお好みで洋風がいいか和風がいいかなど決めていただきます」

 自分が求める食を選択する意識が高まっている。

「飲食店の根本はお客様のことを第一に考えること。今、日本でもこれだけ食の多様性が求められていることを考えれば、その声に応えることは大きな強みになります。これからの飲食は“おいしい”だけじゃない、もう一つ先にある多様性に注視してもよいと思う。僕は、最初からケアリングフードをビジネスの上での差別化要素とは考えておらず、いずれ僕の知識や経験をさまざまな人が共有できるプラットフォームを作りたいと考えています。ケアリングフード全般でなくともヴィーガン専門とか低糖質専門といったお店を作りたいという人の参考となり、日本の食に本当の多様性が根付けばうれしいですね」

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