コア受けな漫才も世帯受けな漫才もどちらも大事、「漫才万歳」!『M-1グランプリ』万歳!〈徳井健太の菩薩目線 第268回〉
“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第268回目は、‟ある思いやり”について、独自の梵鐘を鳴らす――。
12月にテレビ朝日周辺を歩いていると、いたるところに『M-1グランプリ』のポスターや看板が現れる。僕はそれを見るたびに、『M-1グランプリ』が年末の風物詩になったこと、そして街の景色を変えてしまうほどの一大イベントになったのだなと胸が熱くなる。
その日、僕はライブを観に行くために、大江戸線の六本木駅へと向かっていた。大江戸線は地中深くにホームがあるため、エスカレーターに乗ろうものなら、その先が見えないくらいずんずんと地下に潜っていく。六本木駅に到着して地上を目指すために、再度果てしないエスカレーターに乗っていると、交差する下りのエスカレーターに乗っていた40代ほどの男性が中座、もっと言うと、かなりしゃがみ込むような状態で僕の方へ近づいてきた。しかも、その顔はどこか嬉しそうな感じが漂っていた。
無数の人がエスカレーターを利用する中、その男性だけがしゃがんでいるわけだから、どうしたって目立つ。違和感を通り越して、不審。「まさか盗撮でもしているのか? こんなにたくさんの人がいるのに堂々と?」。すれ違う瞬間まで、その男性が降りてくる様子を目で追いながら、僕はよからぬことを想像していた。
だけど、周りは一切とがめる雰囲気はない。それどころか、スマホを取り出し、その男性……ではなく、その背後をなにやら撮影している。何だろうと思って、視線を男性から後方へ移すと、しゃがんでいた男性の後ろには、『M-1グランプリ』2025のテーマである「漫才万歳」という大きな広告がドカンと掲げられていた。エスカレーターを上がってくる人の多くが、目に飛び込んでくるその看板を撮影するためにスマホを取り出し、思い思いに撮影していたのだ。なるほど。しゃがんでいた男性は、自分が広告に被らないようにかがむことで、撮影者に気を配っていたというわけだ。あの笑みも、気を遣うことに対する何とも言えないこそばゆさみたいなものだと思うと合点がいった。僕は誤解をしていたことを申し訳なく思うと同時に、素敵な人とすれ違うことができて、妙な高揚感を覚えた。
しゃがんでいた人は、広告に気を配れるくらい周りが見えている人だから、きっと「しゃがむ」ことで、「盗撮や痴漢の疑いをかけられるような不審な動き」になっているだろうことは理解しているはず。リスキーな反応をされるかもしれないと分かっていながら、それでもこの時期だけに現れる『M-1グランプリ』の広告を優先し、自分はフレームの外に消える――、一時的にこの世界からいなくなる判断ができるなんて、きっと優しい人に違いない。
些細な善意は意味がないと言われがちだし、自分が褒められるわけでもないのに、誰かのために行動に移せる。無数の人が昇降するエスカレーターの中にあって、ただ一人周りに気を遣っていた、あの男性に幸あれ。そして、こんな瞬間をもたらすほどに、『M-1グランプリ』は道行く人、一人ひとりにとって無視できないものになったんだなと思った。
もしかしたら、『M-1グランプリ』はお笑いそのものよりも大きな光を放つものになってしまっているのかもしれない。例えば、テレビで放送されるお笑い番組やバラエティ番組。最近では、世帯視聴率以上にコア視聴率が重視されることが珍しくないけれど、僕個人はどちらも大事だと思っている。とりわけ、世帯視聴率に対するこだわりが強い。自分自身にコア層のファンが少ないということもあるから、コアよりも世帯を意識してしまうんだろうけど、家族や友人と集まったときに、‟なんとなく知っている”‟なんとなく見る”といった存在があったほうがヘルシーだと思うんです。
つい先日も居酒屋でこんなシーンに遭遇した。隣で話していた60代くらいのおじさんグループの一人が、「魚みたいな名前の漫才やるコンビ……あれって何っていうんだっけ? ホラ、俺たちと同じくらいの年で」と記憶をたどっていた。ひとしきり該当しそうなコンビ名を挙げたところで、ある一人が「錦鯉?」というと、「それだ!」と声を大にして笑っていた。お笑いファンにとっては、「錦鯉」は当たり前の存在でも、世間一般ともなればそんなものだったりする。だけど、それくらいの認知の人たちを笑かすのが芸人の仕事だし、腕の見せ所でもある。幅広い世帯に対してアプローチしていくことも、やっぱり忘れちゃいけないよねって。
あの日、「漫才万歳」の広告を撮影していた人たちは、普段はそんなにお笑いに関心がないかもしれない。だけど、『M-1グランプリ』というスーパーコンテンツのおかげで、世帯もコアも融和した。しゃがんだ男性は、めちゃくちゃお笑いが好きで、『M-1グランプリ』のすごさを理解しているコアなお笑いファンのような気がした。その男性とすれ違うように写真を取っていた人たちは、世帯的な視点でお笑いを楽しんでいる人……だとしたら、交差する世界はなんて美しいんだろう。健全な社会に立ち会えた気がして、僕の足取りはスッと軽くなった。
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw
講演依頼:https://www.speakers.jp/speaker/tokui-kenta/
https://www.sbrain.co.jp/keyperson/K-19533.htm
https://youtu.be/VqKYn26Q2-o?si=M7p7KLIyjLBrgIk0

