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“ミスターシュートボクシング”宍戸大樹が4月3日大会での引退を発表

2016.02.14 Vol.660

 立ち技総合格闘技シュートボクシング(SB)の2016年最初の大会となる『SHOOT BOXING 2016 act.1』(13日、東京・後楽園ホール)で、SB東洋太平洋ウェルター級王者・宍戸大樹が4月3日に後楽園ホールで行われる大会をもって現役を引退することを発表した。
 後半開始前にリングに上がった宍戸は「4月3日の後楽園ホール大会での試合を最後に引退させていただきたいと思います。20歳の時から19年間、シュートボクシング一筋で頑張ってきました。自分が経験したことを後に続く者たちへ伝えて行きたいと思っています。最後の試合、まだ相手は決まっていませんが、最後、みなさんにシュートボクシングを応援していて良かったと思っていただけるような、最高の試合をします」と挨拶した。
 シーザー武志SB協会会長は「残念ですけど、本人がどうしてもということだったので。『あと5年ぐらいやったらどうだ』と言ったんですが…。シュートボクシングという競技に関しては、今までのプロの選手の中で、彼が一番長くやった選手。僕よりも(試合数は)多いです。なので彼のことを『ミスターシュートボクシング』と呼ばせていただきます」と宍戸をねぎらった。
 対戦相手については後日発表されるが、大会後の会見でシーザー会長は「候補は何人か上がっている。みんながびっくりするようなカード」と話した。

12・29 RIZIN 青木が桜庭に完勝 そして「桜庭さん、引退しないでください」

2015.12.30 Vol.657

 年末に復活した格闘技イベント「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015 さいたま3DAYS」の「SARABAの宴」が29日、さいたまスーパーアリーナで開催された。メーンで行われた新旧日本人エース対決「桜庭和志vs青木真也」は1R5分56秒、セコンドのタオル投入によるTKOで青木が勝利を収めた。試合は開始早々、桜庭がハイキックを放つが、それをガードした青木がタックルで組み付きテイクダウンさせると、サイドポジションからマウントと流れるような動きを見せる。ここまで開始1分。あとは上になった青木がパウンドと鉄ついで桜庭を削り続ける展開に。大きなパンチではないものの、桜庭の腕を捕獲しガードのすき間から的確にパンチを当てる。ガードに隠れて観客には見えにくかったが、桜庭の顔は腫れ上がり出血。それでも最後まで脱出しようと桜庭が動き続けたため、レフェリーも止めるに止められない状態となったが、ついにセコンドがタオルを投げ入れた。
 試合が決するや青木は桜庭サイドのセコンドに「なぜもっと早く止めないんだ!」とアピールした。
 桜庭は立ち上がると青木となにやら会話を交わし、青木の手を挙げて勝利を称える。号泣した青木はマイクを握ると「桜庭さん本当にありがとうございました。まだ僕、桜庭さんの代わりになれないです。だからまだ桜庭さんの試合を見たいです。引退しないでください。また今度グラップリングでお願いします」と桜庭への思いを口にした。そして返す刀でRIZINに対して「社長、俺、このリングでまだやることあるよな。このリングで青木対五味やらなきゃダメだよな? 来年、青木対五味このリングでお願いします」とアピールした。

澤が引退会見「心と体が一致してトップレベルで戦うことが難しくなってきた」

2015.12.17 Vol.656

 日本の女子サッカーを牽引してきた澤穂希(INAC神戸)が17日、都内で引退会見を開いた。前日にマネジメント会社から今季限りでの引退が発表されていた。
 澤は15歳で代表デビュー以来、205試合に出場し、83得点を記録。「なでしこジャパン」の主将として出場した2011年女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会では初優勝を果たし、得点王と最優秀選手にも輝いた。2012年には国際サッカー連盟(FIFA)の女子最優秀選手にアジア勢で初めて選ばれ、その年のロンドン五輪では悲願の銀メダルを獲得。今年のW杯カナダ大会にも出場し、W杯6大会連続出場の前人未到の記録を樹立した。
 澤は会見で引退の理由を「心と体が一致してトップレベルで戦うことがだんだん難しくなってきたと感じたから。人生の大きな決断となったが、悔いのないやり切った最高のサッカー人生だった」と述べた。引退という決断を下したのは12月に入ってからだが「昨年から続けるか続けないか、自問自答を繰り返してきた。その中で主人にもサポートしてもらって頑張れた。(今年の)W杯を終えた時、“悔いなくやり切った”と思った瞬間があった。そのころから少しずつ“今年いっぱいかな…”という気持ちでここまできた」と明かした。
 そして思い出に残っている試合、ゴールについては2011年W杯決勝、アメリカ戦の同点ゴールをあげた。
 引退後については指導者、評論家など多くの選択肢が予想されるが、「皇后杯でまだ最大3試合残っている」としたうえで「皇后杯が終わったらまず心と体を休ませたい。将来的には澤穂希にしかできない仕事ができれば。引退は発表しましたがまだ現役選手なのでそこまでは具体的には考えていない」と話した。
 澤の所属するINAC神戸は19日に皇后杯準決勝でAS埼玉と対戦する。

Krush.58 石川直生が引退セレモニーで現役選手に熱いエール

2015.09.13 Vol.649

 立ち技格闘技『Krush.58』(13日、東京・後楽園ホール)で石川直生(青春塾)の引退セレモニーが行われた。

 石川は試合時のガウンとコスチュームでリングインすると刀に霧吹きをするパフォーマンスも披露した。ライバルとして同時代を戦った山本真弘、梶原龍児らが花束を渡す。

 マイクを握った石川は最後に「15歳でキックボクシングを始めて20年以上続けられたのはみなさんのおかげです」として父や母、関係者、ファンに感謝の言葉を述べた。そして「現役で活躍している選手のみんな、悔しい思いや負けたりして自分を卑下したくなるような時もあるかもしれない。将来性が無いとか食っていけないとか言われることもあるかもしれない。だけど俺らのやっている仕事は誰かの人生を大きく変えるくらい、すげえ価値があるんだよ。だから今の苦しみは将来の自分、そして誰かの生きる力や勇気になっていくから、これからも誇りを持って戦い続けてください」とメッセージを送った。そして「もし生まれ変わることができるなら、キックボクサーになりたいと心から思える20年間でした」と締めくくった。

K-1 WOLRD MAXで魔裟斗と激闘を繰り広げた佐藤嘉洋が引退

2015.07.21 Vol.646

 NJKFでのデビュー以来、全日本キック、K-1 WOLRD MAX、Krushなどさまざまなリングで活躍した佐藤嘉洋が21日、都内のGENスポーツパレスで開かれた会見で引退を発表した。
 佐藤は今年1月にサニー・ダルベック、5月にジョーダン・ピケオーに連続KO負け。エントリーされていた「K-1 WORLD GP -70kg初代王座決定トーナメント」(7月4日)への出場を辞退し、去就が注目されていた。
 佐藤は「1月にサニー・ダルベックにKO負けし、5月にジョーダン・ピケオーに再度KOされたことが一番の要因。ピケオーとの試合でダウンをしましたが、その時に意識があった。今までなら意識が無くてもそのまま戦い続けるという、丈夫な骨太い試合ができていたんですけど、今回はそれができなかった。“なんで俺は膝をついているんだろう?”と試合中に思ったぐらいで、それがショックでした。師匠の小森会長からも『初めて辞めたほうがいいと思った』と打ち上げで言われ、その時に8割ぐらい自分の中でダメかという気持ちがあって、まだやれるという気持ちとダメかもという2つの気持ちが交互に来たんですけど、その後GAORAの試合映像で倒れ方を見て、踏ん切りがつきました。“ああ、これはいかんな”と。今までの自分だったら必ずそこから前に出て攻撃していたはずだと。自分は常に世界一を目指してやってきましたが、今回の試合が終わって初めて自分の衰えを感じて、もう世界一は目指せない。世界一を目指せないのなら現役をやめるとずっと思っていたので、決断しました」と引退へ踏み切った経緯を語った。
 佐藤は全日本キック、K-1 WOLRD MAXと常にトップ戦線で戦い続け、通算戦績は80戦54勝(20KO)25敗1分。
 印象に残っている試合として、2003年のガオラン・カウイチット戦、2004年のイッティポーン・アカスリボーン戦、2008年のK-1 WORLD MAXでのブアカーオ戦と魔裟斗戦などをあげた。
 今後の活動についてはこの日早速「佐藤嘉洋の1001 KICK」というサイトをオープン。「伝えるほうで格闘技界に還元していきたい」という。
 また、8月22日に佐藤の地元・名古屋で開催される「Krush.57」(名古屋国際展示場イベントホール)で引退セレモニーが行われることも合わせて発表された。

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