【徳井健太の菩薩目線】第29回 麻雀は「動かざること山の如し」の恐ろしさを教えてくれる

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第29回目は、麻雀が鍛える精神力について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 2018年、麻雀プロリーグ戦「M.LEAGUE(Mリーグ)」が発足された。麻雀愛好家の俺としては、生きる楽しみが一つ増えたと言ってもいいくらいだ。

 麻雀はゲーム、競技であると同時に、生きていく力を育む不思議な魔力を秘めている。まず、人脈が増える。そして、精神力が鍛えられる。

 前者から考えてみたい。俺が麻雀と出会ったのは、NSCを卒業して1年目くらい。尊敬するカリカの林さんに誘われて、初めて打った。もちろん、ルールもよく把握していないし、懇切丁寧に教えてくれるわけでもない。負けに負ける。あまりに悔しかったけど、妙な魅力に憑りつかれて、「次は勝ちたい」……その一心で独学で勉強するようになった。雀荘へ武者修行に行ったり、芸人仲間と打ったりするうちに、舞台の上だけでは出会えないような人たちと出会い、気が付くと芸人仲間より、麻雀仲間の方が増えていた。

 いろいろな人と卓を囲むようになり、戦略や打ち方にも個性があることに気が付いていくようになる。よく麻雀は、冷静な判断力や先を読む分析力を要する競技・遊戯だからビジネススキルにつながりやすい、なんて話を聞く。長年、興じてきた俺からすると、それは“正しいけど正しくない”と思っている。

 手牌(自分が所有する牌)が優れていたとしても、勝てるかどうかは分からない。20%くらいの自信のときもあれば、80%くらいの自信のときもある。90%ともなれば、勝負をかけるに値する。ところが、100回に10回起きるかもしれない間違いを考えてしまう。積み重ねてきたものがゼロにならないためにはどうするべきか……むしろ、それを考えられるか否かが麻雀で勝つための鍵だと、俺個人は思う。リスクヘッジという点で見れば、たしかにビジネスに活きると思う。負けないための考え方という点では通ずるものがあるだろう。だけど、麻雀の腕を磨いたからといって、ビジネスで勝てるとは限らないと思うんだよね。

 『闘牌伝説アカギ~闇に舞い降りた天才~』の描写でもあるように、勝負の最中は、まるで全員が息を止めて、水の中にいるような状態だ。苦しい、「もう駄目だ!」って水の中から顔を上げて息継ぎをするのが、俺の中での“リーチ”。リーチは、「あと一歩で勝てる」じゃなくて、「もうこれ以上は手牌を整えられない」という我慢の限界、それを宣言するようなもの。リーチの状況というのは、楽なんだよ。あとは、待つだけだからね。仕事で例えるなら、各所から稟議書に捺印を押してもらっているような状態。そこに至るまでのほうが、はるかに苦しいし、気概を持って臨まなければいけない。だから、勝つためには、リーチまでの工程こそ踏ん張らないといけない。リーチの状況を早く作ろうと急く奴は、その分、落とし穴の数が増えている。

調子が悪いとき、負けたとき、どうするべきか予習できる



 先述した100回に10回起きるかもしれないリスクを考慮しつつ、限界まで自分が勝つための牌を我慢する。これが、精神力が鍛えられるという後者につながる。

 早く上がろうとするのは、その後にあったかもしれないもっと大きな報酬を放棄することにつながりかねない。でも、それが本当に存在するのかは分からない。ところが、麻雀で我慢を学ぶと、待つという精神力と、経験に基づく待った先の可能性の大小が少しずつ分かるようになっていく。麻雀では、「動かざること山の如し」が一番怖いんだ。間違いなく勝負を勝ちにきているから。

 もし、そんな人が序盤でリーチを仕掛けてきたら、さらに恐怖が増す。「え、こんな慎重な人がこのタイミングで?」と、不気味なプレッシャーが襲い掛かってくる。これも麻雀の駆け引きの醍醐味。無言の中で、相手に圧をかけ合う。勝手に深読みをしてくれれば、相手の思うツボになる。

 ポーカーのような分かりやすいブラフやプレッシャーをかけるゲームとは違い、東洋人特有のオリエンタリズム、日本で言うなら“わび・さび”のような乾いた駆け引きが行われるのが麻雀の面白さだと、俺は思っている。

 さらに、麻雀は負けだしたときに、守るタイプか攻めるタイプかがはっきり分かることも興味深い。仕事と一緒で、調子がいいときって、何をしても良い方向に転がる。でも、そんなことが長く続くわけがない。通常運転に戻って、良かった反動で悪くなることも往々にしてある。

 俺たちで言えば、レギュラー番組が終わるようなもの。通常に戻っただけなのに、大幅に収入が減るから、調子が悪くなったと思い込んでしまう。そういうときに、「どういうお笑いができますか?」って問われると、足が重くなるの。調子が良かったときにできていたはずの言動ができなくなる。自分の弱さを、気が付かせてくれるんだよね。大げさに聞こえるかもしれないけど、麻雀はその予習の機会を疑似体験させる力を持っていると思う。麻雀が強い人の中に、業績の良い会社の経営者が多いのは、偶然とは思えない。

 最後に、「負け方を教えてくれるのも、麻雀の面白いところ」という話をして終わろう。強い人ほど、勝負を諦めた人の牌を見ている。というのも、その捨て牌が勝負を諦めていない人たちにとっては、戦局を左右しかねないからね。だからこそ、その局で勝負を放棄した人間は、戦っている人の邪魔にならないように牌を捨てていくのがマナーとなる。負けの美学ではないけど、「自分は力及ばずだった」と思ったときに、不貞腐れたり、適当に続けたりするのではなく、「せめて足を引っ張るようなことだけはしない」と思えるかどうかが、その人の成長につながると思うんだよね。これって、仕事も同じだよね。

 とまぁ、俺からすれば麻雀から学べることは本当に多い。若いうちに麻雀をしておいた方がいいってよく聞くと思うけど、あながちそれは間違っていない。人は選ぶと思うけど、麻雀には哲学が詰まっているんだよね。

※【徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です
【プロフィル】とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。