変貌するアジア太平洋地域と日本の安全保障(その伍)/連載コラム「長島昭久のリアリズム」

 オバマ政権の8年間に、アジア太平洋の地域安保に対する米国の関与の意思が徐々に希薄化したのにはいくつか原因があります。

 第一は、テロとの戦いの一環であるアフガン、イラク戦役に相当数の兵力を割かざるを得ず、最大3割もの兵力が中東湾岸へ振り向けられることになったこと。今後も米国がIS掃討作戦に深く関与するとすれば、アジア太平洋地域における前方展開兵力の立て直しは急務となるでしょう。

 トランプ新政権が今年2月に次年度国防予算の前年度比1割増を連邦議会に要求したことは、域内の同盟・友好国にとり大きな安心材料となりましたが、これとて、1兆ドルにおよぶ国内インフラ投資や総額10兆ドル規模の減税といった選挙公約との両立を危ぶむ声もあり、予断を許しません。

 第二に、オバマ政権中枢が戦略的視点を欠き、中国によるアジア太平洋地域に対する海洋進出の実相を軽視していたこと。例えば、スーザン・ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)は2013年11月に行った講演で、過去に米政府が拒否し続けてきた中国との「新型大国関係」を機能させようと述べ、さらに2016年7月の訪中に際しては、直前に国際仲裁裁判所による「九段線」否定の裁定があったにもかかわらず、中国首脳との一連の会談でこの裁定や南シナ海における中国の横暴な振る舞いについて全く言及しませんでした。

 約13平方キロにもおよぶ人工島の造成を中国に許してしまったことは痛恨の失政といえます。これだけの広大なエリアを埋め立てることは一朝一夕にできるものではなく、少なくとも2014年から15年末までの1年半の間に牽制や阻止するチャンスはいくらでもありました。しかも、その人工島の起点となったのは、国際法上、領海もEEZも構成し得ない岩礁(暗礁か低潮高地)に過ぎなかったわけです。このような中国の常軌を逸した行動が、ほぼノーチェックで完了し、今なお「軍事要塞化」の努力が継続されているのです。

 オバマ政権の南シナ海における海洋の秩序維持についての無関心は、米太平洋軍がホワイトハウスに対し督促し続けた南シナ海での「航行の自由」作戦を、ライス補佐官を中心とするNSCが約3年間も中断させていた事実にも表れていますが、トランプ政権に交代してからも、今年の5月下旬まで同作戦が行われていなかったことについてもこの際注意を喚起しておきます。

 朝鮮半島問題で中国の協力を殊更強調するトランプ大統領が、南シナ海における安全保障問題と対中貿易とを安易にディールする危険は常に存在しており、日本をはじめとする同盟国は米国に言葉ではなく行動を促す必要があります。その際、ティラーソン国務長官が1月の上院での指名公聴会において、「我々は中国に対し、まずは人工島の造成を中止しなければならないと伝え、次に中国によるこれらの島々へのアクセスは認められないとの明確なシグナルを送る必要がある」と述べた言葉の実行を強く迫るべきでしょう。

(衆議院議員 長島昭久)

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【長島昭久プロフィール】
東京21区(立川市、昭島市、日野市)衆議院議員。元防衛副大臣。慶應義塾大学で修士号(憲法学)、米ジョンズ・ホプキンス大学SAISで修士号(国際関係論)取得。現在、衆議院文科委員会委員、子どもの貧困対策推進議連幹事長、日本スケート連盟副会長兼国際局長、本年6月より日本体育協会理事