“ジャイアント・キリング”を果たした愛鷹 亮【格闘家イケメンファイル】


 内気な少年が格闘技の道に進んでいくきっかけは?

「もともとは野球をやっていて、センスがないと思って早々に見切りをつけてしまったんです。それから、友人が柔道をやっていたので、“ボールを投げるよりも人を投げる方が簡単そうだな”と思って(笑)柔道を始めました。幼少期は肥満児だったので小学生の時にコンプレックスを抱いてダイエットをしたんですけど、1日食パン一枚で過ごしたりしていたらガリガリになってしまって。貧血でフラフラしていても自分が痩せすぎたことに自覚がなくなっている中で柔道を始めたら、女子や、年下の小学生にボコボコにやられてしまい“俺ってこんなに弱かったんだ”と思ったんです。それから、一食3合食べる生活に変えて、中学3年間で40kg増量しました。毎日K-1を見ながら筋トレをして、憧れていましたね」

 柔道をやりながら、総合格闘技ではなくK-1という立ち技の世界に憧れていたのですね。

「PRIDEなども見ていましたけど、そもそも寝技が大嫌いで。柔道の練習でも寝技を極力しないという。試合でも、投げて、相手が倒れたら立つまで待つというスタイルだったので(笑)。ただ、K-1ファイターには憧れていましたけど、母子家庭というのもあって、自分としては高校卒業後“まずは就職をする”という手堅い考えだったので、K-1選手を目指してキックのジムを探して18歳で上京する、というような選択肢は自分の中にはありませんでした。就職先としては柔道を続けられる警察や自衛隊に受かって、より地域に密着して貢献できる仕事だと思って警官になりました。正義の仕事に対して憧れもあったし地元愛も強かったので。とはいえ警察でも柔道は授業でやるくらいでそんなに本格的にはできなくて。逮捕術という、日本拳法をベースとした警察内の格闘技の特別選手に選ばれたので、それを3年間、毎日やっていました」

 逮捕術の大会というのがあるのですね。

「県警同士で争うんです。静岡県警vs神奈川県警とか。県警同士って結構ライバル心が強いんですよね、だから他県、特に警視庁や神奈川県警に勝つと、静岡のような田舎の県警だと“よくやった!”と称賛される、そういうプライドがありました(笑)。一般の方からすると警察はひとまとめの組織に見えると思いますが、県警によって組織が違うので別会社みたいなものなんですよね」

 逮捕術の経験は現在に生きているのでしょうか?

「構えが全然違うんですよね。逮捕術はポイント制なので、アゴを守って胴を守るという低い体勢になるのですが、試合の時にそういうガードになってしまう癖になってしまって、それは逆に悪いほうに働いているかもしれません。良い面があるとしたら、1体1で殴り合うという根本的なものが変わらないので、その場数を踏めたことはキックボクシングにも役立っていますね」

 警官の職務としては、どんなことを経験してきたのですか?

「警察学校を出るとまずは交番勤務から始まって交通事故処理から遺体の回収まで、いろんなことをしました。スキューバ部隊に配属されたので、徒手格闘技の練習をしながら、ダイビングの資格も取得しましたし。麻薬の売人を現行犯逮捕したこともあれば暴行事件の対処なんかもしました。警察官は容疑者であっても人を殴ったりしてはいけませんから、小手返しで制圧をしたりとか。そういう現場を経験したことでちょっとのことでは動じないというか、物怖じはしなくなったと思います」

 逮捕術の大会でも結果を出し、職務も地域に貢献できるということでやりがいのある仕事だったように聞こえるのですが、そこから格闘家に転身しようと思ったのはなぜなのでしょうか?

「実際に警察の業務を経験していて、テレビドラマや『警察24時』のような、現場に出て、走って相手を捕まえるようなことというのは1割程度。残りの9割は書類整理だったんです。徹夜で泊まり込んでずっとパソコン作業をしている刑事さんたちを見ていて“これは自分がやりたかったことじゃないな”と思ったんです。機動隊にいるときは毎日8時間ぐらいずっと運動していて、すごく楽しかったので、あれが一生続くなら警察でも良かったのかもしれませんが、機動隊は大体3年が任期なんです。そのあと、また制服を着て街に立ったり、書類整理をするという業務を一生の自分の仕事にすることに納得がいかなくて。辞めることを決めた時、同僚たちは“亮ちゃんならいける”と言ってくれましたが、機動隊の当時の副隊長からは、“本当にやめとけ、お前。無難にやっていればそこそこの年収ももらえて安定した生活ができる。格闘家は収入も安定しないし、無理だろう”と反対されました。もちろんそれは俺のことを心配して言ってくれていたので気持ちはありがたかったのですが、実際にやるのは副隊長じゃなくて俺なので、自分で決めることだなと。結局、警察の中で出世しても退職してしまったら一般人。家族を残せて幸せな人生でも、その人自身が何かを残しているのか?というのが分からなくて。退職して肩書きを失うと、しおれてしまうように見えたんです」

 そこできっぱりと辞めてしまって、その後の道のりは順調でしたか?

「そうですね。運が良かったのもありますが、トントン拍子でプロの試合に出られるようになったので。2019年2月にKrushのクルーザー級のトーナメントの1回戦に出る際、当時の道場で“ここでベルト獲れずに負けたら終わりだ”と言われていたのですが、終わりというのは叱咤激励の意味かと思ったら本当にクビになってしまったんです。“もう教えることはない、やり切った”と言われてしまった。でも自分はやり切っていない気持ちだったので移籍することにしました」