東京都は27日、新型コロナウイルスに感染した人が新たに2万2063人確認されたと発表した。うち65歳以上の高齢者は2301人。重症者は49人。
病床の使用率は55.4%。オミクロン株の特性を踏まえた重症者用病床使用率33.2%だった。
30代から100歳以上までの男女21名の死亡も報告された。
東京都は27日、新型コロナウイルスに感染した人が新たに2万2063人確認されたと発表した。うち65歳以上の高齢者は2301人。重症者は49人。
病床の使用率は55.4%。オミクロン株の特性を踏まえた重症者用病床使用率33.2%だった。
30代から100歳以上までの男女21名の死亡も報告された。
DDTプロレスが12月26日、都内で記者会見を開き、今年最後のビッグマッチ「NEVER MIND 2022」(12月29日、TOKYO DOME CITY HALL=TDCホール)でスペシャルアンバサダーを務め、オープニングセレモニーで肛門爆破に臨む、タレントで映画コメンテーターのLiLiCoがプロレス復帰の可能性をほのめかした。
アンバサダーとして「つまらなかったら全額返金」を掲げているLiLiCoは「DDTが面白くないわけがない。まずオープニングで私の肛門がブッ飛びます。絶対満足させます。皆さん期待してください」と自信満々。
“気になる試合”に、王者・樋口和貞vs挑戦者・上野勇希のKO-D無差別級選手権を挙げたLiLiCoは「樋口さんとは同じジム。最近、上野君と対談して惚れました。私にとって今ホットな男。でも、どっちを応援するかはアンバサダーとしては言えないです。ケガなく、2人とも頑張ってほしい」と王座戦を戦う2人にエールを送った。
DDTプロレスが12月26日、今年最後のビッグマッチ「NEVER MIND 2022」(12月29日、TOKYO DOME CITY HALL=TDCホール)の直前記者会見を都内で開き、王者・秋山準vs挑戦者スーパー・ササダンゴ・マシンのDDT EXTREME王座戦は「ササダンゴ・マシン45歳、減量できなかったら即通常ルール!スペシャル」で行われることが決まった。
会見が始まると、秋山はササダンゴのマスクを被って登壇。ところが、ササダンゴはラジオ収録の仕事が押して遅刻する失態。
冒頭、新王者・秋山の要望が通り、ベルトの色が紫から白に塗り替えられたことが発表され、今後は“白GHC”ならぬ“白EXTREME”として運用されることになった。
秋山が「チャンピオンが来て、チャレンジャーが来てないって。本気で怒ってるんで」と怒っていると、ササダンゴが遅れて到着。
同王座戦は王者がルールを指定できるが、秋山は「ゴリゴリのプロレスやっても大丈夫なの? ベルトを白に替えてもらったということで、チャレンジャーに面白いルールを考えてもらっていい」と譲歩。
DDTプロレスが12月26日、今年最後のビッグマッチ「NEVER MIND 2022」(12月29日、TOKYO DOME CITY HALL=TDCホール)の直前記者会見を都内で開き、KO-D無差別級選手権を戦う王者・樋口和貞と挑戦者・上野勇希がともに決戦に向け武者震いした。
7月4日、後楽園ホールでトーナメント「KING OF DDT 2022」を制して初戴冠を果たした樋口はこれが5度目の防衛戦。上野は先に開催された最強決定リーグ戦リーグ戦「D王 GRAND PRIX 2022」で優勝した実績が評価されて、同王座への挑戦が認められた。
上野は「2022年、DDTを背負いたいと思い、それに向けて突っ走るなかで(DDT)UNIVERSALを獲って、D王GPを優勝することができました。2022年最後のビッグマッチを行う。そこでKO-D無差別級に挑戦できる。2023年、UNIVERSAL、無差別級のチャンピオンとして、どんな成長ができるか。その立場でどう楽しめるか、その未来がすごく楽しみ。勝ちたいと思います」とベルト獲り宣言。
樋口は「上野勇希の強さは、よく分かってるつもりです。今回D王で優勝して、自分の前に立ってくれる。自分はKO-D無差別級のベルトをかけて、D王覇者・上野に挑戦したいという気持ちです。TDCホールでは25周年を締めくくるために、ハッキリとどっちが強いか白黒つけたいと思います」とキッパリ。
映画『エッフェル塔~創造者の愛~』(2023年3月3日全国公開)の予告映像と新規場面写真が、エッフェル塔を手がけた建築家ギュスターヴ・エッフェルの命日にあたる12月27日に解禁となった。
アメリカの〈自由の女神〉を手がけ、天才建築家として名を馳せていた、ギュスターヴ・エッフェルが、当時としては異例尽くめの建造物〈エッフェル塔〉に挑む姿と、その裏に秘めた、ある女性との愛を描く感動作。エッフェル役はフランスを代表する演技派俳優ロマン・デュリス。
今回、新たに解禁されたのは、19世紀のパリジャンらしい衣装に身を包んだロマン・デュリスや、エマ・マッキーが演じるヒロイン・アドリエンヌ、そして建設途中のエッフェル塔の足組みを舞台に命を懸けて塔の建設に臨む迫力のシーンを収めた場面写真。
映画が公開される2023年はエッフェル没後100年の節目の年でもあり、来年の注目作となりそうだ。

映画『別れる決心』ジャパンプレミアが26日、都内にて行われ、来日したパク・チャヌク監督と特別ゲストの磯村勇斗、解説ゲストの古家正亨が登壇。パク監督が韓国の人気アーティストたちの絶賛に感謝した。
カンヌ国際映画祭コンペティション部門で監督賞を受賞、本年度のアカデミー賞韓国代表作となり期待を寄せられる話題作。『殺人の追憶』のパク・ヘイルと、アン・リー監督作『ラスト、コーション』のタン・ウェイが共演。
前作『お嬢さん』以来、5年10カ月ぶりの来日となったパク・チャヌク監督は「私がコロナ後初めて作った映画ということもあり、とても意味深い作品になりました」と出来栄えに自信。
韓流・K-POP MCとして活躍する古家氏が「K-POPのアーティストたちが監督の映画が好きで、とくにBTSのRMさんは“なんで試写会に呼んでくれなかったの”と書いていたり、Instagramで映画のセリフを話す映像を投稿している」と韓国で大反響を呼んでいることを明かすと、パク監督も「RMさんは自分でお金を出して何度も本作を見てくれたようで本当にうれしいです。次回お会いする際にはお礼を言おうと思います(笑)」と照れ笑い。
古家氏も「それほど社会現象化している。どの世代にも刺さる作品。しかもパク監督作なんだけど、これまでのテイストが極力抑えられているのに官能的」と大絶賛。
パク監督は「そもそも古典的なスタイルの映画を撮りたかった」と振り返り「それが、これまでに私が作ってきた刺激的な作品よりも好評を博していることが非常に興味深いです」と語っていた。
この日は俳優・磯村勇斗も特別ゲストとして駆け付け、あこがれのパク監督との対面に感激していた。
映画『別れる決心』は2023年2月17日より公開。

映画『別れる決心』ジャパンプレミアが26日、都内にて行われ、来日したパク・チャヌク監督と特別ゲストに磯村勇斗、解説ゲストに古家正亨が登壇。パク監督が日本での映画制作に意欲を見せた。
カンヌ国際映画祭コンペティション部門で監督賞を受賞、本年度のアカデミー賞韓国代表作となり期待を寄せられる話題作。出演は『殺人の追憶』のパク・ヘイルと、アン・リー監督作『ラスト、コーション』のタン・ウェイ。
この日は、特別ゲストとして俳優の磯村勇斗も登場。磯村は「僕が10代のとき、まだ俳優を志して間もないとき“復讐三部作”の『オールド・ボーイ』と出会って、こういう映画に出られる俳優になりたいと思ったくらい衝撃を受けました」と明かし、あこがれのパク監督との対面に大感激。
本年度のカンヌ国際映画祭《ある視点》部門に正式出品され、カメラドール特別表彰を受けるという快挙を遂げた『PLAN75』で、カンヌ国際映画祭に参加しながらも、現地でパク監督と会えなかったという磯村に、パク監督は「とても重要な受賞おめでとう」と祝福しつつ「今日こうしてお会いできてうれしいです。今後、磯村さんは大俳優になって簡単には挨拶できなくなると思うので」。あこがれのパク監督からの言葉に磯村は「そんなこと言われたら…頑張るしかないですね(笑)」とはにかみつつ意気込み。
司会からパク監督作に出演したいかと聞かれると磯村は「出られるものなら出たいですよ。そのために韓国語を頑張って勉強しようと思う」。するとパク監督が「私が日本語を勉強して日本映画でご一緒するのもありかもしれませんね」と返し、会場のファンを沸かせていた。
映画『別れる決心』は2023年2月17日より公開。

墨田区とすみだ水族館は26日、墨田区役所で、学校との連携や環境教育などで連携する協定を締結した。墨田区の山本亨区長とすみだ水族館を運営するオリックス水族館株式会社の似内隆晃代表取締役が協定書に署名した。
協定によって、両者はそれぞれの特性と資源を有効に活用し、区内の小中学校との連携をより深めるとともに、環境教育、環境に配慮した暮らしができるような人材の育成、そして情報発信の強化を図る。それによって、地域の活性化や相互の持続的な発展を目指していく。
墨田区とすみだ水族館は、協定締結以前から、水族館のスタッフによる出前授業、隅田公園内のひょうたん池のかいぼり、区内の生物の調査や保全、さらには墨田区立吾嬬橘中学に校おいて、旧校舎にいたメダカを新校舎に移し戻したいという生徒の思いを実現する「メダカの学校」プロジェクトを実施するなどいろいろなかたちで交流、さまざまな取り組みを行ってきた。今回の協定締結でそのタッグがより強くなり、深まる。
協定期間は令和4年12月26日から1年間で、内容については今後両者で話し合ってまとめていく。具体的な取り組みは来年からで、現状では出前授業や環境教育の拡充などを検討しているという。
10月1日に亡くなったアントニオ猪木さんの追悼大会となる「INOKI BOM-BA-YE×巌流島in両国」(12月28日、東京・両国国技館)に海外から出場する選手たちが12月26日、都内でインタビューに応じた。
令和猪木軍の主将を務めるジョシュ・バーネット(アメリカ)は「猪木さんの燃える闘魂を見せたい。それが自分の使命」などと猪木さんへの思いを語った。
バーネットは猪木さんについて「彼は、自分を新日本プロレスへたどり着かせた人の一人です。自分が24歳でフレッシュなUFCヘビー級チャンピオンだった頃から、ずーっとプロレスへの夢を抱いていましたので、猪木さんは自分の原点です。特に教わったのは、マインド。考え方の部分です。彼の試合を見ると、どんなに古い映像でも彼が何を考え相手にどうアプローチし、ファンに対して何を見せたがっているのか分かってくるので尊敬しているし、75歳になっても非常に強くて、アキレス腱固めやフェイスロックを食らうと効いたのを今でも覚えています。シンプルに言えば、自分は猪木さんの進んだ道をたどることをやっているんです。プロレスと総合格闘技においての彼の夢や目標、それは猪木の細胞というべきもので、つまり彼のストロングスタイルを巌流島で見せたいと思うし、自分がやっているブラッドスポーツというイベントでも、彼の燃える闘魂を見せたいと思ってやっているし、自分の教え子にもそれを伝承している。どこの団体で何をやるとしても、それが自分の使命だと思っています」などと熱っぽく語った。
10月1日に亡くなったアントニオ猪木さんの追悼大会となる「INOKI BOM-BA-YE×巌流島in両国」(12月28日、東京・両国国技館)に海外から出場する選手たちが12月26日、都内でインタビューに応じた。
世界柔術選手権ムンジアル王者で元Bellatorミドル級王者のラファエル・ロバトJr(柔術/米国)は今回の出場について「日本で戦うことは子供のころからの夢だった。なかなか叶うことはなかったが、あきらめることなくやってきていた。今、ちょうどコロナ禍が終わりかけているところでマネジャーから日本での試合がある、選手を探しているという話を聞き、チャンスだと思って、ぜひやりたいと伝えた。猪木さんが亡くなったのは残念なことだが、猪木さんがこういうところに導いてくれたことは感謝しているし、サムライスピリッツを持って戦いたい」などと語った。
猪木さんについては「彼がプロレスラーとして活躍していたことは知っていましたし、この巌流島というイベントについても知っていましたよ。僕のコーチのひとりであるアンドレ・ジダが巌流島で戦ったことがありますし、それから彼の歴史については実はちょっとだけ知っていることがある、というのは、自分のマネジャーがリョート・マチダもマネジメントしていて、マチダはアントニオ猪木さんと関係がありましたよね。だから、ちょっとだけ彼のパーソナリティーを知ってはいて。だから彼の追悼興行に出場することを、とても光栄に思っています」などと語った。
10月1日に亡くなったアントニオ猪木さんの追悼大会となる「INOKI BOM-BA-YE×巌流島in両国」(12月28日、東京・両国国技館)に急きょ参戦することが発表されたテコンドー全日本選手権13連覇の江畑秀範が12月26日、都内でインタビューに応じた。
江畑は今回の出場については「4~5日前にオファーをいただいたが強い人と対峙することが幸せだと思い承諾した」と文字通りの緊急出動であることを明かした。もっとも「昨日(25日)がテコンドーの全日本選手権、日本代表選考会。それに集中していました。優勝しました。13連覇です。全日本選手権は正直、全然気にしていなくて、そこにピークを持っていくということでは全然なく普段どおりのコンディションで臨んだ。昨日の試合でちょっとした怪我をしたが戦えないことはない」とコンディションには特に問題はないよう。
江畑は昨年行われた東京オリンピックでは団体戦でエキシビションマッチに出場したのだが、それ以降については「ここ1年くらいは普通にサラリーマンで仕事をしている。東京五輪前まではスポンサーがついて練習が本業だったが、東京五輪後はバブルがすぎて(笑)。自分で働いて生計を立てないと生きていけない状況なので、普通に就職して一般社員と同じように9時から6時で働いて、それから夜に練習なので理想通りの生活は遅れていない」などと明かした。それは海外遠征は自腹で行かなければいけないというテコンドーを取り巻く事情から。テコンドーの世界選手権は2年に一度行われ、昨年がコロナ禍で中止となったことから今年にスライド。「全額ではないが一部自腹。今回はメキシコだったので金額が大きくて行けなかった」などと遠征費が捻出できず世界選手権出場をあきらめたという。