目標は2027年。代々木公園サッカースタジアム建設構想発表

パネリストとして登壇した林千晶(株式会社ロフトワーク 代表取締役)、中西健夫(株式会社ディスクガレージ 代表取締役)、川淵三郎(日本トップリーグ連携機構 代表理事 会長)、福西崇史 (元サッカー日本代表)、坪田信貴(坪田塾 塾長)、金山淳吾(渋谷未来デザイン理事)の各氏(撮影・鬼束麻里)

「渋谷未来デザイン」が構想発表
 サッカーJリーグの初代チェアマンで日本サッカー協会の相談役である川淵三郎氏が東京・渋谷区の代々木公園にサッカースタジアムを作る構想にバックアップの意向を見せた。

 現在、渋谷区のさまざまなイベントスペースで、多様な未来を考えるイベント「SOCIAL INNOVATION WEEK」が開催中(9月17日まで)。そのひとつとして9月13日、東京・渋谷の渋谷キャストで「都市とスポーツとエンタテインメントの未来」と題したイベントが開催された。

 同イベントは渋谷区の外郭団体である一般社団法人「渋谷未来デザイン」が主催したもの。

 川淵氏、株式会社ディスクガレージの中西健夫取締役会長、元サッカー日本代表の福西崇史氏らを迎え、「都市生活の中でスポーツやエンターテインメントがどのような可能性を秘めているか?」「より魅力的なスポーツやエンターテインメントによる文化振興を実現するにはどのような都市機能が必要なのか?」などといったテーマでオーディエンス参加型のトークセッションを開催。成熟した都市におけるスポーツやエンターテインメントの未来像をさまざまな視点から語り合った。

スタジアム構想のバックアップを誓った川淵氏(撮影・鬼束麻里)

川淵氏「民間からの動き。心からうれしく思う」
 この中で代々木公園のB地区に、スポーツとエンターテインメントの聖地として、そして都市防災の拠点としてのスタジアムパークの建設構想が明かされた。

「スクランブルスタジアム渋谷」と名付けられたこの構想について川淵氏は「渋谷にサッカー場を作ろうという動きが民間から出たということを聞いて、心からうれしく思っている。Jリーグスタートの1年前の1992年にロンドンに視察に行った時に、人口約840万人のロンドンにプロのクラブが14もあってビックリした。人口比だと60万人に1つのクラブがある。東京に置き換えると20くらいのプロクラブがあってもいいと思った。そのときに“東京にはJリーグのクラブはいくつあるのか?”と聞かれ、“実は1つもない”と答えると驚かれた。加盟条件が1万5000人収容できてナイター設備があるスタジアムを確保することと説明すると、“それくらいのスタジアムがないのか?”と言われた。その時に、“そういえばそうだな”と初めて思った」などと当時を振り返り、「どうしてもなんとか23区にスタジアムを作ってほしいと25年間思ってきた。渋谷が世界に発信できるプロのクラブを育成して、スポーツで世界を席巻するようなスタジアムを皆さんと一緒に作っていければうれしい」などと話した。

 またイベントの最後には「実現するのは僕が生きている間は無理だと思うけど(笑)。実現は絶対してもらいたい」と付け加える場面もあった。

渋谷未来デザインの理事を務める金山淳吾氏(撮影・鬼束麻里)

「オープンなディスカッションの場を定期的に行っていきたい」
 渋谷未来デザインの理事を務める金山淳吾氏はイベント後の囲み取材で「2027年時点の渋谷の未来というものをどう作れるかということにフォーカスしている。これから市民対話やネガティブに対してどういうソリューションがあるのかといったことを研究していく。2021年くらいから具体的なスケジュールを立てていきたい。2027年にスタジアムがあるという状況が作れたら最高」と話し、今後は「オープンなディスカッションの場を定期的に行っていきたい。できれば10月中には次の機会を設け、継続して1カ月に1度のペースでそういう場を作っていきたい」と今後もさまざまな意見を聞いて構想を進化させていく考えを示した。