お伊勢さん行けへん?【友香の素 vol.206】

2019.02.13 Vol.715

 早いもので2月です。去年の12月から今年の1月末まで、舞台のお稽古と本番をしておりましたので、2月に入ってから少しお休みをいただいて、関西で英気を養っています(笑)。  せっかくのお休みなので学生時代からの友達と話して、1泊2日ですが女子旅をしよう!っという事になりました。旅行というものは、行き先を決める時から楽しい時間が始まりますね〜。どんなプランにするか、ああでもないこうでもないと話し合って決めていくと自然にワクワクしてきます(笑)。その友達とは毎年決まって、関西で初詣に行くのですが、今年のお正月は私が東京にいたために別でした。そんな事から「お伊勢さん行けへん?」という話になり、お伊勢参りの女子旅が決定したわけです。  今回で3回目になるお伊勢さん、すべてその友達と一緒(笑)。前回の旅は、伊勢からちょっと足を延ばして、伊勢志摩サミットが開催された賢島にあるお宿に1泊しました。今回もそこにしようとお宿の空き状況から旅行の日にちを決めようとしていると、友達が「お伊勢さん行くんやったら、今回はしまかぜに乗れへん? ○日やったら、まだ席の予約取れるで。でも、しまかぜにあんまり興味なかったら、普通の電車でええけど」っと。   ん?しまかぜ?? 聞くと、普通の特急ではない豪華な特急電車らしくとても人気がある電車だそう。調べてみると、なるほどです。窓のほうを向いて席が設置されたカフェ車両や、掘りごたつ風個室、展望車両などがある電車でした。私は鉄子ではありませんが、電車に乗ったら、車窓を流れ行く景色をそれとはなしに眺めている時間が意外と好きなので、これが電車の内装やサービスも良いのならば、ぜひ乗ってみたいと思い、○日の予約を取ってもらいました。  それがついに明日。お伊勢さんに行くと何故かいつも珍道中。今回はどうなるのでしょうか!? 行って参ります。

【EXILE TETSUYA連載 DANCEの道】第79回「EXILEの道」

2019.02.12 Vol.715

 僕らは今を越えて未来へと向かってく、10年後何をしてるだろ。。。。。 EXILE『Pure』より。 2009年の3月1日に、EXILEは7人から14人体制になり、EXILE第3章がスタートしました。あれから数え切れないほど夢を叶えてきたけれど、2019年3月1日で、第3章のEXILEから加入した自分は、EXILEの道10年が経とうとしております。あの頃の自分には想像もできないような「今」があって、幸せを感じるとともに、日頃支えて下さっているファンの皆様には感謝してもしきれない想いを改めて感じています。改めて、いつも温かい応援を本当にありがとうございます。  EXILEとしても、皆さんにとっても、ここから先の10年がいったいどんな未来になっているのかは誰にも分かりませんが、きっと自分は今と変わらず、トライ&エラーを繰り返しながら、それでもチャレンジする勇気を忘れずに、何があっても幸せだと感じる、愛すべき未来を創っていきたいと思っています。  日々何かにトライしていくと、必ずエラーすることってありますよね。それこそ10年前の僕は、エラーし過ぎて自分が嫌になる事が多かったのですが(笑)、そんな時に先輩方の背中を見て、自分なりに感じ取って、EXILEらしさだったり、自分らしさを模索していたように思います。今だからこそ言えますが、自分らしくエラーするなら、それは大したエラーではない。もっと強く勇気をもってチャレンジし続けていきたいと思っております!!  2018年にEXILEが復活して、ツアーが始まりましたが、もうすぐツアーもファイナルを大阪で迎えようとしています。一つの集大成と10年分の感謝の気持ちを込めて、ステージから全国に想いをお届けしようと思っておりますので、会場に来られる皆様もそうでない皆様も一緒に楽しみましょう!  ラスト大阪3daysに向けてみんなでリハーサルをしていますが、改めてEXILEのさまざまな楽曲や振り付けたちには、想い出や歴史が詰まっているなぁと感じます。この楽曲を聴いていた頃は、こんな事してたなとか、あの楽曲を初めて踊った時はうれしかったなとか、僕のDANCEの道にはEXILEの楽曲がなくてはならないモノだと思います。  この10年間、EXILEとしてのDANCEと付き合いながら自分とDANCEの関係性とはなんなのかを勝手に分析してみました。これはあくまでも自分とDANCEの関わり方なのですが、、、、 DANCE=エンターテインメント DANCE=スポーツ DANCE=研究 DANCE=教育 DANCE=社会貢献 DANCE=チャレンジ  DANCEをしているすべての人が、共感できる事ではないかもしれませんが、今まで感じて蓄積した、上記のような事をテーマにこの先の10年も踊っていきたいなぁと思います。とは言え、堅苦しいDANCEは僕も嫌いなので、楽しく踊るために、これからも頑張りますって事です(笑)。  そんな僕も、今月で38歳になりますが、最近年を重ねる事が楽しくなってきました。まぁ年を重ねると言っても、一般的に社会人として見れば、まだまだ若僧なのは分かっているのですが、なんせLDHの仲間たちを見ると後輩だらけなもので…(笑)。しかし世代が違うと、後輩から学ぶ事もたくさんで毎日が楽しいですし、勢いと才能あふれる仲間たちに刺激をもらってます!  そんな僕ですが、素敵な年にできるように、そして自分のDANCEを観て、少しでもあなたへ届くように、皆さんの元気になれるように、日々チャレンジして行きたいと思いますので、38歳のEXILE11年目のEXILE TETSUYAもどうぞよろしくお願い致します(^o^)v

【ひめくりワンダホー】ルイくん(1歳9カ月)

2019.02.12 Vol.web original
 このコーナーでは愛犬ポータルサイトワンダホーのフォトコンテストに応募されたかわいい犬の写真を毎日ご紹介。

LINE世代の苦手な電話がけを巡る議論【鈴木寛の「2020年への篤行録」第65回】

2019.02.11 Vol.715
 2月2日の日本経済新聞の夕刊一面トップはこんな見出しのニュースでした。 『「電話は苦手」な若手支援 検定や研修、職場で拡充 SNS世代、企業がイチから指導』  内容は見出しからお察しのとおり。信用金庫の若手職員がここ数年、電話対応で、アポの時間を確認しきれなかったり、相手の社名を聞きそびれたりといったことが相次いだことから、記事では、新入社員が電話応対の技能検定を受験するように義務付けるようになったと紹介しています。  検定の受験者は5年で4倍に増えているそうですが、若者たちがメールやSNSに慣れる余り、知らない人と電話をするのが苦手にしていることを背景に挙げています。この記事を読んで、とうとう企業の研修を強化するところまで来たかと言うのが実感です。  検定の受験者が増えたこの5年は、私がまさに政治の世界から大学教員に復帰してからの時期と重なりますが、キャンパスに戻った直後から「異変」を感じました。ある用件で「電話をしろ」と学生に言うと「えっ?」と驚いた反応が返ってきたことに逆にこちらが驚きました。 「LINE世代」の学生たちは、無料通話で話ができるようになったのにも関わらず、電話をしないのです。教授や学外の人にアポを取る際に電話をかけることやお願いメールを書くことが随分とおっくうのようです。  目上の人と電話で話せないから、敬語も上達しない。要件を的確に話す訓練もされていない。だから冒頭の信金職員のように相手の社名を聞きもらすのでしょう。企業が半ば強制的に検定試験を受けさせないと、電話で話す基礎的なスキルの身につかない時代になってしまったと思うと、ITの利便性の落とし穴を痛感します。対策として、私のゼミでは、初めて会った人、それも世代の違う方に自分やプロジェクトを紹介するふれこみで話す練習をさせています。  この問題、私と異なる意見もあります。IT通でおなじみの中村伊知哉さんはツイッターで「若者は電話が苦手というのは、電話が不要なメディアになっていくということ。短期的には電話リテラシーを教えるとしても、長期的には電話レスの職場を作ることが必要になる」と指摘していました。  確かに職場のIT化で不要不急の電話を嫌がる人も増えているでしょう。ただ電話くらいの会話力を鍛えないと、社会に出たとき、面と向かっての商談など交渉ごとを乗り切れるのか心配になってきます。 (東大・慶応大教授)

閑話休題 その3:北方領土をめぐる日露交渉に、喝!(上)【長島昭久のリアリズム】

2019.02.11 Vol.715

 北方領土返還を求める日露交渉が難航しています。二度目の首相に就任以来、安倍首相が北方領土問題の解決に並々ならぬ姿勢で臨んできたことは誰の目にも明らかです。在任6年の間にプーチン大統領との首脳会談はじつに25回に及びます。しかし、核心部分はしばしば「差し」の会談(通訳のみ同席)で話されてきましたので、肝心の情報は厳格に秘匿され外部の者からは窺い知ることはできません。以下、全貌を把握することが難しい日露交渉の現状を改めて分析し、私なりの考え方を述べたいと思います。本論に入る前に、まず議論の前提として、いくつかの歴史的事実を整理しておきたいと思います。  1.日本の主張(固有の領土である北方4島の主権は日本にある)とロシアの立場(第二次大戦の結果、4島はロシア領となり主権はロシアにある)は、真っ向から対立している。  2.近代国際法の下、日本とロシアとの間で初めて国境線を確定した「日魯通好条約」以来、第二次大戦末期まで国後、択捉を含む北方4島にロシアの支配が及んだことはない。  3.対日参戦の条件としてソ連が千島列島の領有を要求し、米英がそれを容認したとされるヤルタ協定(連合国有志間の密約)に基づき、大戦末期にソ連が日ソ中立条約を破棄し満州などに侵攻。ソ連軍は、日本が無条件降伏(1945年8月15日、ポツダム宣言受諾)した後になって北方4島に侵攻。以来、ソ連による不法占拠が続く。  4.終戦直後の混乱期、当時の吉田首相(1951年、サンフランシスコ講和会議での発言)や西村外務省条約局長(国会答弁)らは、国後・択捉島を「南千島」と呼び、色丹島と歯舞群島を「北海道の一部」と明言するなど異なる扱いを示した。  5.早期解決を模索した鳩山首相は、日ソ共同宣言(1956年)により、歯舞・色丹の2島「引き渡し」で妥協しようとしたが、冷戦が深まる中で日ソ関係の改善を警戒する米国からの牽制(ダレスの恫喝)などにより、4島返還の原則に妥協を加えることができなかった。  5.1960年の日米安保条約改定により、日本によるソ連への敵対姿勢が明らかになったとして、ソ連は日ソ共同宣言の線を後退させ日ソ間の「領土問題は解決済み」と主張し始めた。  6.ソ連崩壊、冷戦終結後、日露間でいくつもの首脳会談および共同声明が発出され、ロシアは領土問題解決済みの旗を降ろし、4島の帰属の問題を話し合う姿勢に転換。とくに2001年の「イルクーツク宣言」では、日ソ共同宣言を平和条約交渉に関する出発点を設定した基本的な法的文書と位置づけ、「東京宣言」(1993年)に基づき、4島の帰属問題を解決することにより、平和条約を締結するための交渉を促進することが合意され、今日に至る。 (衆議院議員 長島昭久)

【ひめくりワンダホー】ヴィヴィくん(0歳7カ月)

2019.02.11 Vol.web original
 このコーナーでは愛犬ポータルサイトワンダホーのフォトコンテストに応募されたかわいい犬の写真を毎日ご紹介。

【徳井健太の菩薩目線】第16回「クソマウンティングをしてくる奴は、誰かを応援できない阿呆」

2019.02.10 Vol.Web Original
“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第16回目は、重機の運転資格教習を受けた際に感じた“社会の闇”について、独自の梵鐘を鳴らす――。

【ひめくりワンダホー】サクラちゃん(5歳4カ月)

2019.02.10 Vol.web original
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【FRONT LINE in 韓国】レトロ可愛いがたまらない「SALON DE YOHN」の魅力を聞く

2019.02.09 Vol.Web Original
 世界中どこでもファッション&ビューティにみんなが夢中。今はインスタで地球の裏側のトレンドだって、1タップでチェックできるけど、やっぱり現地にいって自分の肌で感じるものこそが本物の最先端、トレンド! 【FRONT LINE】は、モデル、DJ、コラムニストとしても活躍する、一木美里が現地に飛び、最前線をリポート。世界からファッション&ビューティのリアルなトレンドを発信します。  K-POP、K-Beautyと世界から注目を集める韓国の最前線をリポートします! 今回はレトロ感がとてもキュートなブランド「SALON DE YOHN」のデザイナー、ヨンさんのお話を聞いてきました。

【ひめくりワンダホー】もこちゃん(1歳10カ月)

2019.02.09 Vol.web original
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毒親に育てられて【田口桃子の「死ぬまでモテたい」 第25回】

2019.02.08 Vol.Web Original

 年末年始、皆さんはどう過ごされましたか?  私は毎年実家へ帰って、母親と弟とテレビを見ながら過ごします。  とはいえ特別仲が良いということもなく、会話はほとんどありません。  私に至っては、リンスの在りかがわからないのにそれが聞けず、数日間リンスなしで過ごしました。(ロングヘアなのに)  父親とは別居して20年以上、離婚が成立して10年以上たつので、年末年始に会うことはありません。  母方の実家へも前は顔を出していましたが、教師家系で、良い学校に行く、良い会社に就職する、結婚して子供をもうけて幸せな家庭を築く、ということを無言で求められる空気感に苦しくなり、昨年は熱を出して行かず、今年も行きませんでした。  実家に帰るのは本当に嫌なのですが、「そんなに嫌なのになんで実家に帰るの?」と友達に聞かれて、「そういうものだと思っているからそうしている」というだけだったことに気が付きました。  親の期待に応えないと見放されるという恐怖から、親の顔色を窺い、自分の意思や感情よりも、親の求めるものを達成することが何よりも大事だと考えて育ってきました。  だから、自分が帰りたいかどうかにかかわらず、年末年始は実家に帰るものだと思っていて、そういう行動をとっていたのでしょう。  親元を離れ東京に来て、社会人になってからも同じで、会社の求めることに全力で応えることが、社会生活に参加する上で必要不可欠だと考えていました。  なぜなら、会社の求めることにすぐさま対応できないと、不要な人間だと判断されると思ったからです。  恋愛関係においてもそうでした。  恋人のいうことに反論したら不要な人間だと思われる、意図に反する行動をしたら見放される、と。  幸いこれまで付き合った人は常識人ばかりで、暴力をふるったりお金をせびったりする人はいなかったので、それほどつらい目にあうことはありませんでしたが。  奇しくも体調を崩したことで自分の育ち方や考え方に問題があることに気づき、それからはどうすれば自信が持てるか、どうすれば自分の感情に気づくことができるか、どうすれば自分の感情をもとに行動することができるか、ということを考えて、少しずつ変化してきました。  それでもやはりふとした瞬間に、もともとの考え方に支配されそうになるときがあります。  特に1月なんて、年末年始の実家暮らしでその考え方を一番意識する時期です。  そんなときに私は、ひとりの女性と出会いました。  その女性は、レズ風俗の女の子。 「話題になっているから、一度どんなところか潜入してきて」と会社に言われて行くことになったのですが、そもそも私は女性が苦手です。  理由は、母と同じ性別だから。  母に似たようなことを言う人、似たような行動をする人、同じ背格好の人、すべてが苦手です。  だからレズ風俗も本当は行きたくありませんでした。  ましてや女性相手にエッチなことをしようという気持ちも全くないし、できれば避けて通りたかった。  しかしこの体験が、2019年早くも、私にとって大きな変化をもたらす出来事になったのです。  次回に続きます。

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