東京食道楽 第80回 渡辺大、麺に本気


横浜・大砲ラーメン(新横浜ラーメン博物館)

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撮影協力・大砲ラーメン(新横浜ラーメン博物館) 撮影・今井七生
衣装協力・ブロックインダストリー、ヴィンテージ55(三崎商事株式会社)

「お、大さんが来た」「大さん、今日は厨房に立たないの(笑)?」
 ここは新横浜ラーメン博物館内・大砲ラーメン。のれんをくぐって入ってきた渡辺大を、うれしげな店員たちの声が出迎えた。

「1カ月もこちらでお世話になりましたからね」と"仲間"と目線を合わせて、こちらもうれしげ。実は彼は、最新主演作『ラーメン侍』の役作りのため、1カ月ほどここで"ラーメン修行"を行ったのだ。

「たいてい、開店前から入って開店してからも午後2時くらいまでいましたね。仕込みをやったり麺をゆでたり(笑)。あと、実際に新人さんがしている練習法があって、家ではそれをやっていました。風呂に水を張った中に糸しらたきを入れてそれをすくう練習とか、麺上げに見立てて雑巾をひっくり返す練習とか」

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 なぜそこまで本気になって特訓したのか...その理由は、もちろん演技のため。

「とんこつは"麺のアシが早い"んです。伸びるのが早いので、すぐに作らないといけない。ゆでは1分少々。3分で5、6杯は作ります。まさに時間との勝負ですね。それはもう目まぐるしい作業ですから、これが身についていないと手元に意識がいってしまい、芝居がおろそかになりかねないと思ったんです」

 劇中、ラーメン作りのシーンで披露される彼の動きはプロ顔負け。実際に彼らキャストだけでラーメンを作ってエキストラに振る舞ったこともあったとか。

「30席くらいあったかな、10分以内で全員分作りましたよ」

 思えば彼はこれまでにも、野球や剣道など役作りに必要だと思うと、徹底的に特訓し演技に生かしてきた。

「幸い、役作りする時間を重視してくれる監督や製作さんと出会うことが多くて。僕としては、その時間が多ければ多いほどうれしいんです。僕にとって俳優とは、1つの役をやるたびに新しい仕事に就くようなもので、毎回1から経験を積むつもりでいます。なるべく芝居をリアルに近づけながら、リアリティーをもって観客をフィクションに引き込んでいく...そのためにはやはりリアルを知っているほうがいい。ところが、悲しいかな"転職"の多い職場なんですよ(笑)。ただ、今回、撮影が終わってしばらく経ちますけど、麺上げの動きはちゃんと覚えていますね。今でも20分で100杯くらいは作れますよ(笑)」

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(写真上段)「昔ラーメン」780円。ポイントは久留米ラーメンの特徴といわれながら姿を消してしまった、手作りの昔ラードから生まれる豚脂の揚玉・通称「カリカリ」。ハマるこってり系。 (写真下段・左)「ラーメン」730円。熟成されたスープに新しいスープを加える「呼び戻しスープ」をじっくり味わえるまろやか系。 (写真下段・右)「セット(半餃子、漬物、おにぎり)」300円

 本作の主人公、昇・光父子は、大砲ラーメンの先代社長・香月昇さんと息子である2代目・現社長の均さんがモデル。渡辺は親子を一人二役で演じている。

「昇と光は親子でありながらまったく性格が違うので、切り替えは楽でした。しかも、僕はどちらにもすごく共感することができたんですよ。僕も昇のような"お祭り男"タイプなんですけど、その一方で、そんな自分を"寒いことやってるな"と冷静に見ている、内省型の光のような面もあって(笑)」

 性格の違いが表情やしぐさにまで現れているので、気づくと両方とも渡辺が演じていることを忘れてしまう。

「父と息子の同年代のころを演じるというのは、なかなかできない経験で楽しかったですね。2人の物語は度々交錯するので、観客が混乱しないか心配な部分もありましたが、皆さんの反応がとても良くてほっとしました(笑)」

 昇・光親子と同じく、彼もまた父・渡辺謙と同じ世界で奮闘している。

「光は、昇からラーメン作りを直接教わっていないんですが、幼いころにその姿を見ていて、何かしら伝わっているんだと思うんです。僕もたぶん、幼いころから父の姿を見て、何かを感じとっていたと思います。そうしてみんな成長して、社会に出始めたくらいから"親が自分の年のときはどうだったのかな"と考えたり"親はこんな気持ちだったんだな"と共感したりするんですよね。と言っても父にそんな話しませんけど。オヤジと息子ってそんなもんです(笑)。ウチはまだお互い現役ですから、親子について振り返るより、社会に対して向き合っているところ、というか。まあ、ラーメンも俳優も、定年の無い仕事ですから、生涯現役でしょうけど(笑)」

 本作の公開後も『臨場・劇場版』など話題作が続く。彼の"本気"はこれからもいい作品を生むに違いない。取材後、おもむろに厨房へ向かったかと思うと見事な手さばきで"麺上げ"をする渡辺。やはり、本気でラーメン屋に...?

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大砲ラーメン(新横浜ラーメン博物館)

【交通】新横浜駅より徒歩5分【URL】新横浜ラーメン博物館 http://www.raumen.co.jp


INFORMATION

渡辺大 最新主演作『ラーメン侍』

『ロストクライム―閃光―』で第20回日本映画批評家賞・主演男優賞を受賞した渡辺大が、昭和40年前後とバブル崩壊後の現代、それぞれの時代に生きる父と息子を一人二役で演じる。渡辺自身も「以前、気になる店を回って"ここのラーメンは..."とか、いちいちメモってたりしたことがあるんです。完全に個人の趣味で(笑)」というラーメン好き。そんな渡辺が、本気のラーメン修行を経て劇中で披露する、プロ顔負けのラーメンパフォーマンスは必見。

 また、福岡出身の女優・山口紗弥加が、昇の妻(光の母)・嘉子の18歳か53歳までを1人で演じている他、中村有志、甲本雅裕、津川雅彦らベテラン勢に加え、高杢禎彦・鮎川誠という福岡出身ミュージシャンも出演。「ちなみに本作は、侍とついていますが麺を刀で切ったりする映画ではありません(笑)。それぞれの時代、ラーメンで人を元気づけようとした父と息子の姿を描いた、古き良き日本映画のようないい映画になっていますので、ぜひ楽しんでください」

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監督:瀬木直貴 出演:渡辺大、山口紗弥加他/1時間55分/テイ・ジョイ配給/4月7日より新宿バルト9他にて公開 http://ramen-samurai.jp
©『ラーメン侍』製作委員会