交わらないからこそ見えてくる景色がある!映画『並行と垂直』が、あまりにも静かで、あまりにも人間だった!【黒田勇樹のハイパーメディア鑑賞記】

 黒田勇樹です。

 すいません。1日から「SHINKYO QUEST2〜修羅しゅしゅしゅ〜」の幕が開いたのですが、今回はあまりに舞台に集中しすぎて、こちらのコラムが1日遅れてしまいました。事前にお知らせしなければいけないところ、そちらもままならず。以後、気をつけます。

 では今週も始めましょう。

『平行と垂直』公開中 配給:東映ビデオ ©2026「平行と垂直」製作委員会

「並行」と「垂直」。
 タイトルだけを見ると、なんだか数学の授業のようです。並行な線は、どこまで行っても交わらないけど、そこに垂直な線があれば、必ず一点で交わる。では、人間関係はどうでしょう。どれだけ長い時間を一緒に過ごしても、決して交わらない人がいる。

 逆に、それまでまったく違う場所を生きていた人間同士が、ある瞬間、猛烈な勢いで交わることもある。人生というのは、案外「並行」と「垂直」の繰り返しなのかもしれません。そんな当たり前のようでいて、普段あまり言葉にしない人と人との距離を、非常に繊細に描いた作品でした。

 自身も自閉症の少年を演じたことのある筆者は、映画を観ながら「分かり合う」という言葉について考えていました。人間は、他人のことなど本当の意味では分からない。これは少し寂しい話ですが、筆者はたぶん事実だと思っています。その中で決して「障がい」が、理由ではない。

 どれだけ親しい人でも、頭の中までは覗けない。 同じ景色を見ていても、同じことを感じているとは限らない。
 つまり、人間は基本的に「並行」なのです。

 それぞれが、それぞれの人生という一本の線の上を走っている。しかし、だからこそ。ほんの一瞬でも誰かの人生と「垂直」に交わった時、その一点は、とてつもなく大きな意味を持つのではないでしょうか。「分かり合えた」わけではない。 相手のすべてを知ったわけでもない。それでも、確かに同じ場所に立った瞬間がある。その一瞬があるから、人間は他人と関わることをやめられないのかもしれません。ちょっと熱くなっちゃいましたが本作の面白さは、安易に「人は分かり合える!」と叫ばないところにもあるように感じました。

 交わった線も、また離れていく。 垂直にぶつかった衝撃は、その後、それぞれ別の方向へ進むための力になることだってある。出会いはゴールではないのです。それでも、交わったという事実だけは消えない。

 筆者は鑑賞後、これまで「なんとなく一緒にいた人」や「一度しか会っていないのに忘れられない人」のことを思い出していました。

 そんな、人間のどうしようもない距離感まで含めて、この映画はとても美しかった。
 数学の問題なら答えはひとつかもしれませんが、人間関係の「並行と垂直」は、そんなに簡単には解けない。
 映画『並行と垂直』、静かに、しかし確実に、心のどこかへ一本の線を引いてくれる作品でした。是非、劇場へ!

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