THE RAMPAGE 浦川翔平が連日にぎわっていると話題の江戸東京博物館で時間旅行〈BUZZらないとイヤー! 第123回〉

 

 すし、天ぷらの屋台もありました。江戸四大料理のなかでもすしや天ぷら、蕎麦は、今で言うファストフードのような存在で、仕事や用事の合間に立ち寄ってさっとつまむ、そんな親しみのある食べ物でした。

 すしの屋台には、マグロ、アナゴ、コハダが並びます。現在のすしと比べるとサイズが2倍どころか3倍4倍にも思えます。ほぼおにぎりサイズですから、翔平さんが「これは実寸ですか?」と聞くのも当然です。すると新田さんはにんまり。「……大きいでしょう? でもそうなんです。この後ろの浮世絵は歌川広重のもの、“広重系”なんですけど、すしも天ぷらもこうした浮世絵をベースに再現しています」

 


「葛飾(北斎)系かあ」という翔平さんのちょっと迂闊な相槌に「広重系です」と新田さん

 すると翔平さんは「このすしは今だと、いくらぐらいなんでしょう?」

 当時、すしは4文。かけそばは16文と言われています。「かけそば、600円……ぐらいで食べられる?」と、翔平さん。お店にもよりますが、お手軽な立ち食い蕎麦チェーンなら1杯500円を切りますが、仮に600円と設定すると、おすしは150円になります。都心の回転ずしならリーズナブルなお皿のお値段ぐらいで、感覚的には「……なんとなく同じぐらいか?」

 “身近なすし”の価値観が江戸と令和でそこまで変わっていないことも驚きでしたが、知らない間に新田さんが翔平さんのフレーズを取り入れていたのもまた大きな驚きでした。

 さて、<江戸ゾーン>はクライマックスへ。

 建物の内部に入って見られるようになった芝居小屋「中村座」では、翔平さんは芝居小屋の機構に興味津々でした。中村座の前、日本橋の下には、中村座を輪切り状態に割った模型があり、芝居小屋全体が見られるようになっています。「これ、けっこうキャパシティがありますね。後ろの方は見えるのかなぁ」と翔平さん。舞台の下では人力で装置を動かす人たちの姿も。江戸のころからステージはたくさんの人に支えられてきたんですね。